「なぜ日本人は、これほど働いても時間がないのか」2025年12月22日
- 後藤 友亮

- 7月19日
- 読了時間: 2分
更新日:7月27日
こんな仕事から離れた生活を続ける中で、また一つ気づいたことがあります。
先ず、最初に本気で趣味を取り組み楽しむには、相当な余裕のある時間が必要だとわかりました。
「日本は、当たり前にできることが“仕事”になっている国だ」
逆を返せば当たり前のことすらする時間がないと言うことになります。
それは、以前日本を訪れた海外の人たちから、私がよく言われていた言葉です。
ふと、その言葉を思い出しました。
そこから考えてみると、日本はあまりにも気持ちにゆとりもなく、常に忙しすぎるのではないかと思うようになりました。
海外の映画を見ていると、よく大きな家とガレージがあり、DIY用の工具や車の整備道具が当たり前のように揃っています。
ただ、道具は“持っているだけ”では意味がありません。
使う時間があるからこそ、揃えているのだと思います。
つまり、時間にゆとりのある暮らしが前提にあるということです。
一方で日本を見渡すと、世界的に見ても日本人は非常に仕事熱心で、
労働時間自体は海外と大きく変わらない、むしろ長いケースも少なくありません。
それにもかかわらず、住宅は小さく、日常に時間の余裕がない。
ここには明らかな矛盾があるように感じます。
もしかすると、日本は異常なほど生産性が高く、
実際には海外の何倍もの密度で仕事をしているのではないか、と考えるようになりました。
その仮説から今の仕事量を3分の1にして同じ給料が成り立つなら、休みも増え、生活の質は大きく変わるはずです。
実際、アジア圏など賃金水準の低い国の人たちから、
「日本人はこれだけ中身の濃い仕事をしているなら、
大人数で時間をかけて仕事をしている海外と、
結果的に賃金は変わらないのではないか」
と言われたこともあります。
そう考えると、日本の働き方は、
効率の良さが必ずしも人の豊かさにつながっていない、
ある種の、、見えにくい奴隷制度のような仕組みになっているのではないか、
そんな疑問さえ浮かんできます。





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