静かな終盤(私に今、起きていること)2025年11月15日
- 後藤 友亮

- 7月18日
- 読了時間: 3分
最近、世界の見え方が、以前とは全く違ってきたように感じている。
かつて心を動かしていた
賞賛、成功、所有、競争、他人からの評価
そうしたものが、今はもう響かなくなってきた。
そして、気づけば 三欲からも距離が生まれている。
まるで、過去の命が終わりかけた時の瞬間そのもの
「欲が薄れていく」というのは、
何かを失うことではなく、
むしろ本来の自分にそっと戻っていくことなのだと感じている。
静かで、透明で、執着のない、
どこか懐かしいあの感覚へ還っていくような感覚。
最近は、ひとりの時間がとても心地よく感じられる。
それは寂しさではなく、
周りの雑音が消え、静けさだけが残った森のように落ち着くからだ。
もう他人の意見や社会の価値観が、
以前に増して自分を動かさなくなった。
地球でのミッションは、
誰かに相談して決めたり、
他人の判断を頼ったりするものではないことが
ようやく確信となってきた。
多くの人が遠回りするのは、
自分の内側の声を信じきれず、
外に正解を探してしまうからなのだと思う。
けれど、魂の地図はずっと前から
自分の内側に描かれている
外の世界には答えはない
最近の私の変化を、
「少し冷たくなった」と感じる人もいるのかもしれない。
けれど、実際はその逆で、
ただ感情の波に振り回されず、静かに落ち着いているだけなのだ。
そして、欲が薄れてきたといって、
生きるための現実を手放したわけではないということ。
今、自然の中で穏やかに過ごせているのも魂の地図により、天が、無理なく続けられる環境を静かに整えてくれたからだと感じる
最低限の支えがあり、
負担の少ない暮らしの土台がある。
その上ではじめて、心は軽く、自由になれる。
そして気づいたことがある。
人への助けというのは、
自分に恩をくれた人や、
無償の愛で支えてくれた人たちにだけに向けるものである
そして、それ以外の助けは、時に相手の成長の機会を奪ってしまうことがあるということ
だからこそ、他の人の人生には無理に手を出さず、妨まげず、それぞれの学びをただ静かに見守る。
それがやさしい愛の形なのだと感じている。
そして今の私は、
争わず、急がず、主張せず、
「あるがまま」に生きようとする気持ちが強くなっている。
無関心になったわけではなく、
どこかでゆっくりと 帰る準備を始めているような、
そんな静かな理解がある。
地球のミッションの終盤にさしかかると、
外から見ると何も起きていないように見える。
けれど内側では、
確かにゆっくりと、
帰還の準備が進んでいるように感じられる。





コメント