出世も名誉も幻。地球上の真のミッションは別にある2025年10月24日
- 後藤 友亮

- 3 日前
- 読了時間: 4分
私は幼い頃の私は、とにかく泣き虫でした。
学年でも一番だったと記憶してます。泣き出したら最後、半日くらい止まらない。だから先生も、怒れなかったそうです。
そんな自分も、19歳から56歳まで、ずっと経営者として生きてきました。
もともと人から学ぶことが苦手な性格だったので、仕事に関しては自分で道を切り開くしかなかったのです。
ただ、経営の世界には、決めたら逃げるという選択肢がありません。トラブルが起きても、誰かに相談できるわけでもない。
だからこそ、逃げずに向き合うしかなかった。
その繰り返しの中で、いつのまにか強くなっていったんだと思います。
とはいえ、経営をしていると嫌なことも山ほどあります。
理不尽なこと、不満、裏切り、苦しみ…。
何度「もう逃げたい」と思ったことか。
でも今は思います、振り返って分かるのは、不満や苦しみというものは、結局、考え方ひとつでどうにでも変わる、ということなんです。
たとえば、一生懸命頑張って社長になったり、先生になったり。
それも実は、与えられたミッションの一つに過ぎません。
大切なのは、そのミッションの中で「正しい道を選べるかどうか」なんです。
もしかしたら、間違った道を選んだ方が楽に出世したり、お金が沢山入ったり、会社が大きくなることもあるでしょう。
実際、そうした道を選ぶ人は多いと思います。
しかし、死を迎えれば、何も残りません。
地位も名誉も財産も、最後はすべて地球に置いていくしかないのです。
そして、人間の歴史から戦争が無くならないのも、きっと理由があると思います。
その理由は、この地球という場所が監獄のような空間だから、と考えると辻褄が合います。
魂が収監され、学び直すための場所。
そう考えると、この地球の神は「獣」なのかもしれません。
人間の中にある獣性。怒り、欲、嫉妬。
それを手放せない限り、何度生まれ変わっても、この地球という監獄(地獄)からは出られないのだと思います。
そして、多くの人が耳にしたことがあるであろう「自ら命を絶つと地獄へ落ちる」という言葉。
私は、これも単なる迷信ではなく、この地球(監獄=地獄)に確実に戻されるという意味だと思っています。
なぜなら、それは「監獄からの脱走」を意味するからです。
与えられたミッションを放棄することは、学びの途中で逃げ出すこと。
だから再び、この地球へ送り戻されるのだと思います。
また、多くの人はミッションを「誰かに与えられた仕事」や「社会の役割」と勘違いしがちですが、
本来の意味は「自分の魂が選んだ課題」です。
それを他人の言葉や常識に流されて手放すことは、自分の意思を失うのと同じ。
この世界には「同調圧力」や「社会の正解」があふれています。
しかし、それをただ受け入れるだけでは、本当の学びにはなりません。
ミッションとは、他人の指示をそのまま受け入れることではなく、
自分の内側で感じ、考え、選び取ること。
その積み重ねこそが魂の成長であり、地球という学びの場で最も重要なレッスンなのだと思います。
そのことに気づいたとき、人は初めて「生きる意味」を見つけるのではないでしょうか。
この地球は、学びの場であり、試練の舞台。
与えられたミッションを途中で投げ出してはいけません。
それを乗り越えたときにだけ、次のステージへ進み、最終的には、もとの世界へ戻る(出所)ことができるのだと思います。
そして、すべてを終えたとき、ようやくこの地球という監獄から解放され、本当の世界へ戻る時が来るのです。
人はいつか死を迎え、この世界を去ります。
しかし、最終ミッションを果たさない限り、記憶をリセットされ、再びこの地球上で植物以外の新たな肉体として、やり直しを始めることになるのかもしれません。
結局のところ、この地球で本当に大切なのは「何を手に入れるか」ではなく、「どう生きるか」。
生まれ持った頭脳も性格も、ミッションを果たすためにたまたま与えられたにすぎません。
そして、それらを自身の私利私欲の為に、他人を騙したり、傷つけるために使えば、ミッションは終わらず、再び同じ道を繰り返すことになるでしょう。
だからこそ、逃げずに、与えられたミッションを一つずつ乗り越え、最後の課題をクリアして、すべてを全うすること。
それこそが、この地球で生きる本当の意味だと、今は心からそう思います。





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