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「ecoflowの設置工事で来たのは中国人の職人さん2人――最初の印象が、最後には完全に変わりました」に対する検索結果が772件見つかりました
- 私の引退後の働き方――「働かない自由」ではなく、自分で決められる自由
私が引退して感じたのは、働き方を自分で決められる自由こそ、私が求めていた引退の形だったということです。 実際、私は現在も日本とモンゴルで2つの法人を運営しています。 私自身、改めて「自分にとって引退とは何だろう」と考えてみました。 そして今、一番しっくりくるのは、 私が引退したのは、仕事そのものではなく、「仕事に追われる生活」だったのだと思います。 仕事ですから、多少の意見の違いや大変なことがあるのは当然です。 ただ、どちらかが我慢し続けなければ成り立たない関係まで、無理に続ける必要はないと思うようになりました。 ところが、長く会社を経営しているうちに、日本の事業環境もずいぶん変わったように感じるようになりました。 もちろん、その中には必要なものもたくさんあります。 働く人を守ることも、消費者を守ることも大切です。
- 「ビールはビールだけ?──モンゴルで驚いたお酒の飲み方」
つまり私の印象では、 日本 お酒 + 少量のおつまみを何種類も楽しむ モンゴル お酒だけで飲む または 食事 + お酒でガッツリ楽しむ という違いがあります。 私たちがお酒と一緒に何かつまみたいと思った時には、なんとオーナーがわざわざ近くのコンビニまで買いに行き、私たちのために特別に出してくれました。 そして何より、わざわざ買いに行ってくれたオーナーの優しさも印象に残りました。 「お酒+つまみ」は日本独特の楽しみ方なのかもしれない 考えてみると、日本の居酒屋文化はかなり独特です。 モンゴルでお酒を飲んでみて初めて、普段当たり前だと思っていた日本の「おつまみ文化」も一つの食文化なのだと気づきました。 海外で暮らしていると、こうした本当に小さな違いが意外と面白いものです。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 モンゴルの肉の価格 夫婦2人の食費の目安 カーテンが長すぎる!
- 日本政府が金利を決める時代から、市場に金利を決められる時代へ──長期金利3%目前、最終的に政策金利3%超えも見えてきた?
以前の記事で私は、日本が改革や金融正常化を先送りし続ければ、いつか政府や日銀が自分たちのタイミングで政策を決めるのではなく、市場から強制修正を迫られる局面に入るのではないかと書きました。 それでも、日本が長年慣れてきた「超低金利を前提にした世界」が崩れ始めていることは間違いないでしょう。 さらに重要なのは、最終的な政策金利です。 現在の市場予想の中心が3%というわけではありません。 ダラダラ先送りした「つけ」 私は、日本がこうなることを一番恐れていました。 しかし市場参加者の考え方が変わった瞬間、金利や為替は一気に動きます。 そうなると、 「いつ改革するか」 ではなく、 「今やらなければならない」 に変わります。 これこそが市場からの強制修正です。 一方で、預金金利は上がり、銀行や保険会社などにはプラスになる部分もあります。 つまり日本は、 「金利はほぼゼロであることを前提にした社会」 そのものを作り直さなければならなくなります。
- マレーシアもモンゴルも活気がある──海外から戻って感じた、今の日本
少し話をすると、最初に出てきたのが、 「向こうは凄く活気があった」 という言葉でした。 そこから自然と、今の日本で会社を経営する難しさについての話になりました。 そして、私が特に考えさせられたのは、その方の会社が決して商売に苦戦している会社ではないことです。 むしろ業界では非常に人気があり、多くのお客さんから支持されている会社です。 街には新しい建物が次々と建ち、人が動き、商売が生まれ、「これから国が大きくなっていく」というエネルギーがあります。 今回、たまたまテコンドーの国際大会を見る機会もありました。 そこでも各国から来た人たちの勢いや熱気を目の当たりにし、逆に日本からは以前のような勢いをあまり感じられなかったことが、私には印象的でした。 もちろん、日本には日本の素晴らしさがあります。 成田空港で偶然会って話してみると、違う国を見てきた二人が、同じように日本との「活気の差」を感じていたことが、とても印象に残りました。
- ドル円ばかりを見て「円安だ、円安だ」と警戒していると、ふと他の通貨を見ると、新興国通貨に対して円がかなり安くなっていて驚くことがあります。2025年12月27日
また、コメントを見てバーツにもびっくりしました。 こうなってくると、国としては「もっともらしい理由」を掲げながら、円をできるだけ国外に流出させたくない、という思惑があるようにも見えてきます。 かつて後進国と呼ばれていた国々が、外貨流出を防ぐために海外送金を厳しく制限していた状況と、どこか重なる部分があります。 正直、「これは少しおかしいのではないか」と違和感を覚えたのも事実です。 そしてもう一つ、今後も円の信用が弱まっていくことを、政府自身が一番よく分かっているのかもしれません。
- 救済の先にあるもの。本当に日本に必要なことは
前回の投稿を更に深掘りしてみました。 どう考えても、本来なら市場原理に任せた方が、本当に強い会社が残るはずです。 もちろん、その過程では痛みも伴います。 しかし、それはいずれ避けられないことであるなら、本来は早く膿を出した方が、結果的には新しい産業や、本当に競争力のある企業が生まれやすいはずです。 人手不足も改善しやすくなり、過度なデフレ構造も変わり、健全なインフレも起こりやすくなる。 「最初から出口は決まっていたのではないか?」 そんな疑念を持つ経営者がいても、不思議ではないと思います。 もしそうだとしたら、今の「救済」は、本当に誰のための救済なのか。 そんなことを考えてしまいます。
- 2026年8月の現在地――AI革命は「頭脳の性能競争」から「人型ロボットの量産競争」へ
今後の焦点は「世界で今年、人型ロボットは実際に何台作られたのか?」 この数字は、AIが画面の中から現実世界へ出てくるスピードを測る、かなり良い“時計”になりそうです。 ロボットは人間の100%を再現する必要はありません。 第1段階:AIの頭脳を作る→ かなり進んだ 第2段階:AIに身体を与える→ いまここ 第3段階:身体を安く大量生産する→ 2026〜数年の最大の競争 第4段階:大量配備 → 大量の実世界データを収集→ 私は今後を見るなら、AIのベンチマークよりも、むしろロボットの 年間生産台数・価格・故障率・稼働時間・人間介入率 の方が、雇用への影響を読むには重要になると思います。 しかし「研究室の中」からは完全に出た。
- トラクターのエンジンがかからない|原因はバッテリーのターミナルでした
トラクターのエンジンがかからなくなり、最初はキーの差し込みスイッチを疑って交換してみました。 ところが、それでもエンジンはかかりません。 「次はどこを調べればいいのだろう?」 自分では原因が分からなくなったため、いつもお世話になっている相澤農機具紹介さんに電話して相談しました。 すると社長さんが、 「見に行きますよ」 と言ってくださり、わざわざトラクターを見に来てくれました。 調べてもらった結果、原因は意外なところにありました。 わざわざ来ていただいて原因まで見つけてもらったので、本当に申し訳ないくらいでした。 トラクターが復活したことと同時に、人とのつながりのありがたさを改めて感じた一日になりました。 相澤農機具紹介さん、本当にありがとうございました。
- W140のエアコンコンプレッサー交換43,000円の修理代以上にありがたかったもの──引退して気づいた、人とのつながり
今は私自身も車を修理するようになり、一つの故障を直すために、どれだけの知識と経験、そして時間が必要なのかが以前よりよく分かるようになりました。 しかも、BMWについても「自分では難しい修理があれば、時間のある時なら見てあげるよ」と言ってくれました。 修理前に別の業者が試しに入れたクーラーガスについても、今回は特別にサービスとのことでした。 本当にありがたいことです。 経営者を引退してから、周囲の人たちとの関係も少し変わったように感じています。 以前はどうしても仕事や損得が人間関係の中にありました。 特に今回、改めて感じたのは、国籍は人と人との関係にはまったく関係ないということです。 日本人だから、インド人だからではなく、最後に残るのは、その人がどんな気持ちで人と付き合ってきたかだと思います。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 ある外車屋さんが、ベンツW140のエアコン不良の原因を突き止めてくれました。 日本とインドの修理文化の違い W140メルセデスベンツS500L
- 「事業を引退して気づいた、借金が奪っていたものと、60歳を前にして分かった、「本当の富」」2025年12月20日
数多くの事例を振り返ると、最後まで莫大な富を守り切った大富豪たちには、ある共通点があります。 それは50歳までに、すべての借金を必ず清算していたという点です。 しかし、借金がなくなった瞬間、世界の見え方はまったく変わります。 本当の生き方を選べるようになる。 「辞める」という選択肢が、手元に戻ってくるからです。 景気が悪くなっても、必要以上に慌てずに済む。 だから私は思いました。 50歳を過ぎたら、プラスマイナスゼロであっても、借金はすべて返したほうがいいと。 もし家や車が借金の上に成り立っているなら、手放すことは「負け」ではありません。 私はこれこそが「本当の富」だと思いました。 そして60歳を目前にして、その思いは確信へと変わりました。 その結果、しらないうちに借金が資産を上回ってしまうケースも少なくありません。 それは、会社を運営している間はある程度の利益を出していればよいですが、問題なのはは精算したい時です。
- 「事業を引退して気づいた、借金が奪っていたものと、60歳を前にして分かった、「本当の富」」2025年12月26日
数多くの事例を振り返ると、最後まで莫大な富を守り切った大富豪たちには、ある共通点があります。 それは50歳までに、すべての借金を必ず清算していたという点です。 しかし、借金がなくなった瞬間、世界の見え方はまったく変わります。 本当の生き方を選べるようになる。 「辞める」という選択肢が、手元に戻ってくるからです。 景気が悪くなっても、必要以上に慌てずに済む。 だから私は思いました。 50歳を過ぎたら、プラスマイナスゼロであっても、借金はすべて返したほうがいいと。 もし家や車が借金の上に成り立っているなら、手放すことは「負け」ではありません。 私はこれこそが「本当の富」だと思いました。 そして60歳を目前にして、その思いは確信へと変わりました。 その結果、しらないうちに借金が資産を上回ってしまうケースも少なくありません。 それは、会社を運営している間はある程度の利益を出していればよいですが、問題なのはは精算したい時です。
- 学歴も知識もない私が、なぜ今ここにいるのか
学校で学べなかった私は、社会で学ぶことになった 人の意見を聞きながら、組織の中で働くことも得意ではありませんでした。 しかし、生きていくためには仕事をしなければなりません。 相場の世界でも同じだった 40歳頃からは、投資や相場の世界にも入りました。 しかし、そこでも私のやり方は変わりませんでした。 ただ、私の場合は昔から、情報をたくさん集めて答えを探すより、 「自分ならどう考えるか」 を先に考える癖がありました。 そして実際にやってみる。 間違っていれば修正する。 その繰り返しでした。 正しい知識をたくさん覚えること。 立派な理論を知っていること。 もちろん、それらは大切です。 しかし人生では、知識を持っているだけでは終わりません。 もし本当に「地球が学校」なのだとしたら、ここで問われているのは、どれだけ多くの知識を暗記したかではないのかもしれない。 与えられた環境の中で何を経験し、何を考え、最後に自分でどんな選択をしたのか。












