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Search results for "健康・暮らし"
「健康・暮らし」に対する検索結果が745件見つかりました
- 「2024年7月頃から、ある日突然はじまった耳鳴り」2025年3月28日
体調はすこぶる良好なのですが、昨年の2024年の7月頃から静かな場所で聞こえる「シーン」という耳鳴りがはじまりました。 症状は変わらず、日常生活には支障がない程度です。聴力検査もOKでした。 ネット上では「放置すると危険」といった情報もあり少し不安になりました。 絶食療法では改善されなかったので、次は漢方を試しています。 また、鍼灸の先生によると、このタイプの耳鳴りは100%ではないものの、それほど気にしなくても大丈夫とのことでした。 今後の経過については、1ヶ月後にご報告します。
- 「安全で豊かだった国・日本の崩壊予感」2025年9月25日
そして彼は、それこそが世界中の霊能者に共通することなのだ、とも語っていました。 今の日本の動きを見ていると、この国でこのまま暮らしていくことが本当に良いのかと疑問を抱きはじめています。 安全な国から危険な国へ人々が移り住むなら、なにもその国は問題が起こらないでしょう。 しかし、日本以外の考えは全く逆であるのが事実てす。その国民性ゆえに、現状を変えていくのは難しいのかもしれません。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 モンゴルシャーマンからの導きと警告 今回のモンゴルでは、ある富裕層とのご縁を通じて、思いがけない素晴らしい導きをいただきました。 ※相談内容を確認したうえで、対応の可否や費用をご案内します。
- 耳鳴りの経過と治療について
念のため命に関わる病気の可能性を心配して、半年に一度は医師に相談していますが、血液検査や聴力検査では前回と同様、特に異常はありませんでした。 これまで以下の治療を試しましたが、残念ながら改善は見られませんでした。 • 小林製薬 ナリピタン • てんらい清流錠 • 耳鳴り針治療 • 耳鳴り整体 しかし、今回処方された薬は効果を実感できました。 実感のあった耳鳴りの薬 ストミンA(内服薬) 耳鼻科も念のため3カ所行きましたが、全て同じ診断内容で、中では白羽町のかみむら耳鼻咽喉科が良さそうな感じです。
- 「昭和の55歳定年が現実的だった理由」
55歳から60歳くらいは、人の心身ともに一気に弱くなり始める時期なんだと分かりました。 自分は病気があるわけではありません。 でも、少しずつ、確実に衰えは出てきました。 年を取ったからこそ、効果が分かりやすいのかもしれません。 こうして考えると、50歳を過ぎたら大事なのは、 心身ともに、負担をかけない暮らし方を選ぶこと。 そこで思い出したのが、昔の定年の時期です。 日本では、かつて定年は55歳前後が一般的でした。 今思えば、あれは体が本格的に衰え始める時期を前提にした、かなり現実的な区切りだったのではないでしょうか。 私自身、たまたまそうした節目の時期に恵まれ、自分の中にずっと隠れていた「本当の楽しみ」に気づくことができました。 それは、経営をしている頃に思い描いていた楽しみとは、まったく違うものでした。 意外にも、一番の楽しみは草取りや庭いじり、そして掃除や修理だったのです。 土や物に触れ、黙々と手を動かし、目の前が少しずつ整っていく。
- 5万円昇給しても、手取りは3万円台しか増えない?――給料アップの現実を調べてみた
結論――今回の試算では「月給35万円くらいまで」が比較的やさしい 今回は、極端に低い給与や高額所得ではなく、比較的多くの人がもらっている給与水準を想定して、月給15万円〜70万円までを5万円刻みで算出してみました という記事を書きました。 そこで月給15万円から70万円まで、社会保険料や税金を引いたあとの手取りを比較しました。 その数字を見ていて、私は別のことが気になりました。 給与からは、 健康保険 介護保険 厚生年金 雇用保険 所得税 住民税 などが関係してきます。 さらに日本の所得税は累進課税です。 所得が高くなると、所得の一定部分に適用される税率も高くなります。 ⑥ 健康保険は、たくさん払えば医療がその分豪華になるわけではない ここも調べていて興味深いところです。 健康保険料は給与によって変わります。 基本的には、給与が高くなるほど負担する健康保険料も増えていきます。 しかし、 健康保険料を2倍払ったから、病院で2倍良い治療を受けられる という仕組みではありません。
- 手取りを5万円増やすには、会社はいくら払えばいい?約6.6万円〜8.3万円程度の昇給が必要
社員に5万円多く残してあげたい。しかし会社は、給料を5万円上げるだけでは足りない。 ① 月給30万円の社員ならどうなる? 例えば、月給30万円前後の社員を考えてみます。 しかし会社側から見ると、その5万円を社員の手元に届けるために必要な昇給額が違います。 ③ しかし、会社の負担はこれで終わらない ここからが、経営者として見るとさらに重要です。 給与が増えれば、会社側が負担する 健康保険 厚生年金 介護保険 雇用保険 なども増えます。 つまり、 社員の手取り+5万円=会社の負担+5万円 ではありません。 社員は、 「これだけしか手取りが増えていない」 と思う。 どちらかが得をして、どちらかが損をしているという単純な話ではありません。 その間には、税金や社会保険という仕組みがあります。 私は今回、逆算してみて、それが一番よく分かりました。
- 今回のモンゴルでは、ある富裕層とのご縁を通じて、思いがけない素晴らしい導きをいただきました。その体験によって、私がこれまで抱えていたこの世の謎がすべて解き明かされました。2025年8月30日
今回のモンゴルでは、ある富裕層とのご縁を通じて、思いがけない素晴らしい導きをいただきました。その体験によって、私がこれまで抱えていたこの世の謎がすべて解き明かされました。 (撮影禁止、料金は基本無し、受付は導かれた人だけ、場所は案内人により誘導され不明) 下記は聞いた事を要約にしたもの (実際の内容は驚くほど細やかな部分に至るまで全てが見通されていました。) • ただし悲しみを抱え込みやすく、常に気を張っていてリラックスが苦手。 • 家族を、特に子どもをとても大切に思っている。 3. 、銀行口座、公証手続き、通訳、リフォーム、長期滞在などについて、私たちが実際に経験した内容をもとにご相談をお受けしています。 ※相談内容を確認したうえで、対応の可否や費用をご案内します。
- 6: 太陽光の電気をできるだけ捨てない――蓄電池・湯沸かし太郎・プリウスPHVで我が家が実践している余剰電力の使い方-2025年12月26日
湯沸かし太郎で、お風呂を保温 我が家では、「湯沸かし太郎」を使って、お風呂のお湯を保温しています。 いわゆる「万年風呂」のような使い方です。 発電した電気を売るだけでなく、暮らしの中で直接使う「自家消費」をできるだけ増やす仕組みです。 朝と夜、お風呂で身体を温める 私は朝と夜に湯船に浸かり、身体をしっかり温めることを日課にしています。 健康については、インターネット上にさまざまな情報があります。 私は、特定の健康効果を断定するのではなく、気になったことを自分で試し、体調を確認しながら生活に取り入れるようにしています。 しかし本当の価値は、故障せずにどれだけ長く働き続け、暮らしの中でどれだけ役立ってくれるかによって決まるのだと思います。 我が家が実践しているのは、決して大がかりな仕組みではありません。 約30年前の太陽光発電が、今も我が家の暮らしを支えてくれている。 長く使い続けたからこそ分かる、設備の信頼性と本当の価値だと感じています。
- 私の人生は最初から決まっていたのか──振り返ると見えてきた「運命のステージ」
教科書を開くことさえ苦痛で、小学校ではインフルエンザワクチンを拒否したり、テストを白紙のまま提出したりした結果、特殊学級へ送られた経験もあります。 私にとっての勉強とは、昔からそういうものでした。 しかし、一般的な人と同じような働き方ができないという自覚があったため、若い頃はいつも心のどこかに不安がありました。 もちろん、欲しいと思った瞬間に手に入るわけではありません。何年もかかることもあります。しかし振り返ってみると、本当に欲しいと思ったものは、いつの間にか状況が整い、最終的には自分の手元にありました。 こうした経験を何十年も繰り返すうちに、私は人生を**いくつかの「ステージ」**として考えるようになりました。 振り返れば、最初のステージともいえる幼少期は、驚くほど幸運に恵まれていました。 そんなことを何度も経験してきました。 若い頃の私は、それを単純に「運が良かった」「危ないところを何とか乗り越えた」と考えていました。
- 【私の行き当たりばったりと言う美学 ― 内なる導きに従って生きる】2025年5月15日
これまでを振り返ってみると、私が関わってきた事業は、けして大きくはありませんが、どれも不思議なほど短期間でそれなりの形になってきました。 というのも、私はもともと事前に細かく準備したり、先の展開を段取りよく整えるということが得意ではありません。そのかわり、不思議と「未来を読み解く力」には自信がありました。 そしてそもそも、「言葉」がなければ、人と人との争いすら起きないというのも、ある意味で事実なのかもしれません。学びも争いも、突き詰めれば“言葉”というフィルターを通して起こっているのです。 一般的には不運とされる事でも、それを楽しみに変え、私は日々に不満を感じることなく生きてきました。 その他にも人生は弁護士を使うことだらけでした。お陰様でよい弁護士とも知り合いました。
- 満席の食堂で感じたモンゴルの優しさ──治安だけでは語れない、この国の安心感
ウランバートルの中心部だけではなく、郊外、さらに離れた県や市、そして遊牧民が暮らす大草原まで実際に歩いてみて、私自身はどう考えても「モンゴルは治安が悪い国」とは感じません。 それでも、実際に生活している感覚だけで言えば、むしろ日本以上に安心して過ごせるのではないか、と感じる場面さえあります。 今日も、ウランバートル郊外にある繁盛している個人経営の飲食店に入りました。 「これは食べきれないかもしれない」と思ったのですが、とても美味しく、結局かなり食べてしまいました。 そして会計の時、さらに驚きました。 店の方も「本当は1つだけ注文したかったのだろう」と察してくれたのか、2つ出したにもかかわらず、支払いは1つ分だけでいいと言ってくれたのです。 金額の問題というより、その対応がとても嬉しく感じました。 これは日本でも外国人の増加をめぐって似たような議論が起きているため、興味深く感じました。 モンゴルを外から見ているだけでは分からなかったことが、実際に暮らしてみると少しずつ見えてきます。
- 過去と今、その両方を実際に体験したからこそ、どちらが本当に良かったのかが見えてくるのだと思います。
豊かさや便利さを誰よりも早く手に入れた一方で、それによって失ったものや、昔の暮らしの良さにも気づけるようになった。 それは、今の便利さしか知らない国には、まだわからない感覚かもしれません。 世の中には、ただ前へ前へと突き進むことを良しとする国民性もあります。 そんな中で、日本人が「昔の暮らしのほうが良かった」と感じられるのは、便利さや物の多さでは埋まらないものがあると、すでに体験として知っているからだと思います。 日本人は、それをどこかで気づき始めているのではないでしょうか。 しかし、まだそこを体験していない国々は、見栄や嫉妬、競争心に突き動かされながら、これから同じ道を進んでいくのでしょう。 だからこそ、昔の暮らしのほうが良かったと感じられる日本は、ある意味では幸せな国なのかもしれません。 一度進みきったからこそ、立ち止まって振り返ることができる。












