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父の遺骨は海洋散骨というかたちで送り出すことにいたしました。2025年7月10日
いろいろと悩み考えた末、父の遺骨は海洋散骨というかたちで送り出すことにいたしました。 また、私自身の中では「身体(肉体)は魂の一時的な借り物」であり、「お墓(五輪塔)は天の魂と地上をつなぐ受信装置のような存在」、そして「お骨を収める場所そのものには本質的な意味はない」と、自然と感じるようになっていました。 もともとお墓もありますが、今の日本の社会の流れや、将来を見据えた時に「あとの世代がお墓を守り続ける」ということが現実的に難しくなってきていると感じています。 少子化やライフスタイルの変化、そして「供養のあり方」そのものが多様化している今、後の世代に無理を強いるような選択は避けたいと思いました。 その想いに加え、父が内陸部の出身であったこともあり、生前は海への憧れと愛着を強く持っていました。 そうした父の気持ちを汲み取り、自身の手で海へと還すという散骨のかたちは、私の中でとても自然で、心から納得のいく選択となりました。 また私は、「決まりごと」や「形式」といったものは、本来人が暮らしの中で生み出したものであり、時代や立場によって変わっていくものだ

後藤 友亮
7月18日読了時間: 2分
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