「AIは人間を賢くするのではない──これまで隠れていた『頭のいい人』を表に出す存在にもなるかも」
- 後藤 友亮

- 8月16日
- 読了時間: 6分
更新日:8月17日

前回もふれましたが、AIがここまで進化してくると、これからは**「頭の良さ」の定義そのものが大きく変わっていく**と思います。
OpenAIのようなAIが24時間、ほぼワンツーマンの先生のように教えてくれる。
さらに今後は、ソフトの中にAIエージェントが入り込み、分からないことを説明するだけでなく、不具合を見つけ、自ら修復作業までしてくれるようになるでしょう。
つまり、これまで専門家に聞かなければ分からなかったことを、普通の人がAIと相談しながら自分で解決できる時代になっていきます。
そこで思い出すのが、昔からよくいた「難しい言葉を使って説明する人」です。
分からない単語について質問すると、その説明の中に、さらに聞いたこともない専門用語が出てくる。
説明を聞いているはずなのに、ますます分からなくなる。
私は昔から、できるだけ難しい言葉を使わず、**「人に簡単に伝わること」**を優先してきました。
しかしAI時代になると、「難しい言葉をたくさん知っていること」や「専門用語をすぐ思い出せること」そのものの価値は、以前より小さくなっていくのではないでしょうか。
なぜなら、その部分はAIがかなり補えるからです。
ただし、ここで誤解してはいけないと思います。
専門知識の価値がなくなるわけではありません。
むしろ、本当に理解している専門家はAIによってさらに強くなるでしょう。
これから価値が下がる可能性があるのは、
難しい言葉を使える人ではなく、難しい言葉でしか説明できない人
なのだと思います。
本当に理解している人は、相手に合わせて難しくも簡単にも説明できます。
AIによって、その差が今まで以上に見えやすくなっていくのではないでしょうか。
そして、私はここからが一番面白いと思っています。
世の中には、
表現することが苦手なだけで、本当はいろいろなことを理解している人
が、かなりたくさんいるはずです。
記憶力があまり良くない。
難しい言葉がすぐ出てこない。
文章を書くのが苦手。
人前で話すのが得意ではない。
パソコンも得意ではない。
これまでは、こうした弱点があるだけで「頭が良くない」と見られてしまうこともありました。
ところがAIは、その弱点をかなり埋めてしまいます。
頭の中にある考えを話せば、AIが文章にする。
難しい内容を整理する。
必要な情報を探す。
図やイラストにする。
外国語に翻訳する。
さらに今では、自分の声を使わせたり、自分自身の映像に自然に喋らせたりすることまで可能になってきました。
つまり、
「文章を書く能力」「暗記する能力」「上手に喋る能力」
と、
「本当に物事を理解している能力」
が、これまで以上にはっきり分離していく可能性があります。
私は、ここがAI革命のかなり大きな部分だと思っています。
AIによって救われるのは、能力がなかった人だけではありません。
むしろ、
能力はあったのに、それを外へ表現する手段を持っていなかった人
が一気に表へ出てくる可能性があります。
例えば、現場で30年間仕事をしてきた人。
感覚では全部分かっている。
問題が起きれば原因もなんとなく見抜ける。
しかし、それを文章にするのは苦手。
専門用語もうまく出てこない。
人前で説明するのも得意ではない。
これまでは、その人の持っている知識や経験の多くが、本人の頭の中だけで終わってしまっていました。
ところがAIに、
「こういうことなんだけど、うまく説明できない」
と話せば、
AIが整理して、文章にして、図にして、人に伝わる形まで持っていってくれる。
こう考えるとAIは、単なる文章作成ソフトではありません。
人間の頭の中にあるものを、外の世界へ出すための装置
とも言えると思います。
そして、これまで「頭がいい」と評価されやすかった人の条件も変わっていくでしょう。
以前は、
記憶力がある知識量が多い専門用語を知っている文章がうまい話すのがうまい
こうした能力が、「頭の良さ」とかなり重なっていました。
しかしこれからは違ってくる。
AIが記憶、検索、文章化、翻訳、表現まで補助するなら、人間側に残る重要な能力は、
「何に気づくか」
「何を疑問に思うか」
「どう考えるか」
「何と何を結びつけるか」
「AIに何を聞くか」
そして最後に、
「自分でどう判断するか」
という部分になっていくと思います。
特に大きいのが、問いを作る力です。
AIは非常に賢くなっても、最初に何を聞くかによって答えは大きく変わります。
同じAIを使っても、全員が同じ結果になるわけではありません。
むしろAIが高性能になるほど、
「何を質問するか」「どこに違和感を持つか」「どこまで掘り下げるか」
という人間側の差が、そのまま結果の差として出てくる可能性があります。
そう考えると、これからの「頭の良さ」は、
覚える力 × 知識量 × 表現力
から、
気づく力 × 問う力 × 結びつける力 × 判断力 × AIを使う力
へ変わっていくのかもしれません。
そして、もう一つ変わる可能性があるのが、学歴や肩書の価値です。
これまでは、人の頭の中を見ることができないので、
「どこの学校を出たのか」
「どんな資格を持っているのか」
「どんな会社にいたのか」
という情報が、その人の能力を判断する一つの目安になっていました。
しかしAIによって、一人の人間が実際に何を考え、何を作り、何を発信できるのかが、以前より簡単に見えるようになります。
すると少しずつ、
「どこで勉強した人なのか」より、「この人は何に気づき、何を考え、何を作ったのか」
の比重が高くなっていく可能性があります。
ただし、AIには逆の問題もあります。
AIが文章も画像も動画も声も完璧に作ってくれるようになると、
本当に本人が理解しているのか、AIが全部作っただけなのか
が分かりにくくなっていきます。
だからこそ今後は、
AIの答えを疑える力
AIの間違いを見抜く力
現実と照らし合わせる力
最後に自分で責任を持って判断する力
が、今まで以上に重要になるでしょう。
そう考えると、AIは単純に「人間を賢くする道具」ではないのかもしれません。
むしろ、
これまで隠れていた頭の良さを表に出し、同時に「見せかけの頭の良さ」を見えやすくする道具
になっていく可能性があります。
難しい言葉をたくさん知っていることよりも、
本質を理解しているか。
良い疑問を持てるか。
違うもの同士を結びつけられるか。
AIを使って考えを深められるか。
そして最後に、自分で判断できるか。
これから「頭がいい人」と呼ばれるのは、
AIを使いながら、本質を見抜き、良い問いを作り、自分なりの答えを出せる人
になっていくのではないでしょうか。
AIは仕事を変えるだけではありません。
人間を評価する物差しそのものを変え始めている。
これから数年で、「頭の良さとは何なのか」という昔からの常識が、大きくひっくり返っていく。
私は、その可能性はかなり高いと思っています。




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