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3章「失敗させた子育て」から見えた、本当の学び私の「自由な子育て」が教えてくれたこと2026年1月25日
私は、我が子に対して、 基本的に行動を否定せず、やりたいことを自由にやらせ、過度な干渉もしないで接してきました。 たとえ、その先に良くない結果が待っていると分かっていても、 反対はせず、すべて本人の意思に委ねてきました。 結果として、多くの場合、 私の予想通り「うまくいかない結末」になりました。 当然、お金も無駄になりました。 それでも不思議なことに、 我が子が私や人生に不満をぶつけることはありません。 それどころか、 「自分で決めさせてもらえたこと」に 感謝しているようにさえ感じます。 数々の失敗を経験することで納得し、 そこから多くを学んでいるようでした。 「人は教えられて学ぶのではなく、 経験してしか学べない」 この言葉を、 我が子はそのまま体現しているように思います。 その姿を見て、私は確信しました。 我が子は、この地球という学校で、 私が50年近くかけて学んだことを、 30年ほどで修了しつつあるのではないか――と。 そして、ふと思い出します。 私の両親もまた、同じように私を信じ、 過度に干渉しない人たちでした。 だからこそ私は、50歳を

後藤 友亮
7月19日読了時間: 3分


私の人生は最初から決まっていたのか──振り返ると見えてきた「運命のステージ」
私は幼い頃から、学校の授業にほとんど興味を持つことができませんでした。教科書を開くことさえ苦痛で、小学校ではインフルエンザワクチンを拒否したり、テストを白紙のまま提出したりした結果、特殊学級へ送られた経験もあります。 当時の私は、文字を書くことさえまともにできませんでした。 それでも、その後の人生では事業を始め、人並み以上の生活を送ることができました。 なぜ自分のような人間が、ここまで生きてくることができたのだろう。 若い頃から、そのことを何度も不思議に思ってきました。 そして次第に考えるようになったのが、人生には最初からある程度決められた「流れ」のようなものがあるのではないか、ということでした。 私は学校だけでなく、本を読んだり、誰かが作った知識を順番に学んだりすることも苦手でした。そのため経営についても、どこかで修行したわけでも、経営学を勉強してから始めたわけでもありません。 何も知らないまま実際に始め、問題が起きれば、その都度考える。失敗すれば、そこから覚える。 私にとっての勉強とは、昔からそういうものでした。 しかし、一般的な人と同じよう

後藤 友亮
7月17日読了時間: 4分
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