3章「失敗させた子育て」から見えた、本当の学び私の「自由な子育て」が教えてくれたこと2026年1月25日
更新日:7月27日
私は、我が子に対して、
基本的に行動を否定せず、やりたいことを自由にやらせ、過度な干渉もしないで接してきました。
たとえ、その先に良くない結果が待っていると分かっていても、
反対はせず、すべて本人の意思に委ねてきました。
結果として、多くの場合、
私の予想通り「うまくいかない結末」になりました。
当然、お金も無駄になりました。
それでも不思議なことに、
我が子が私や人生に不満をぶつけることはありません。
それどころか、
「自分で決めさせてもらえたこと」に
感謝しているようにさえ感じます。
数々の失敗を経験することで納得し、
そこから多くを学んでいるようでした。
「人は教えられて学ぶのではなく、
経験してしか学べない」
この言葉を、
我が子はそのまま体現しているように思います。
その姿を見て、私は確信しました。
我が子は、この地球という学校で、
私が50年近くかけて学んだことを、
30年ほどで修了しつつあるのではないか――と。
そして、ふと思い出します。
私の両親もまた、同じように私を信じ、
過度に干渉しない人たちでした。
だからこそ私は、50歳を過ぎた早い時期から、親への感謝が深まっていったのだと思います。
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人の意見が「悪の囁き」に聞こえる理由
私は早い段階で、
人の意見と距離を置くようになりました。
なぜなら、その多くの奥には、
欲望・不満・恐れ が潜んでいるからです。
欲望や不満を抱えた人が、
他人を正しい方向へ導くことはできません。
これは、私自身が
過去に累計数百人を雇用してきた経験からも、
はっきりと言えます。
もし、この地球で、
たった一つだけ不満が許されるとすれば、
それは
「この地球という学校に降ろされたこと」
だけでしょう。
しかし、魂を授かった以上、
ここは避けて通れない場所です。
そう考えると、
起こる出来事はすべて「授業」になります。
授業には正解があります。
正しく答えられなければ、先には進めない。
間違えれば、
今世か次世で再試験が用意される。
人はそれを、
因果応報 と呼んでいるのではないでしょうか。
結論として
この「地球は学校である」という仮説は、
• 私自身の人生
• 我が子の姿
• 親から受けた育て方
• 世の中の仕組み
これらを重ね合わせるほど、
間違っていないという確信を強めています。
この学校において、
• 地位
• 名誉
• お金
それらは目的ではありません。たまたま与えられた、
すべては、魂を試すための 教材 にすぎないのです。






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