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- モンゴルで感じた「自由」という豊かさ
数十年前まで、多くの人が遊牧生活を送っていたモンゴル。その価値観は、今も人々の暮らしや考え方の中に息づいているように感じます。 日本人の感覚では、「時間を守らない」と思う場面も少なくありません。しかし、それは約束した相手を軽く見ているわけではなく、時間よりも、その時々の状況や人とのつながりを大切にしているからではないでしょうか。 モンゴルで暮らしていると、自由という価値観が社会全体の土台になっているように感じます。 人との接し方、仕事の進め方、時間の感覚。その一つひとつが、「まず自由がある」という考え方の上に成り立っているように見えます。そして、多くの人がその価値観を共有しているからこそ、社会として自然に成り立っているのだと思います。 最初は戸惑うこともありました。しかし、この国の価値観を理解してくると、不思議なくらいストレスを感じなくなりました。 もちろん、日本のように時間や秩序を大切にする文化にも大きな価値があります。どちらが正しいという話ではなく、重視するものが違うだけなのだと思います。 私は、生きる幸せはお金の多さだけではないと思っています。 本当の幸せとは、朝、不安なく目覚められることではないでしょうか。 私たちが日常で感じる不安の多くは、人間関係や時間、社会のルールから生まれています。モンゴルには、それらに縛られ過ぎない生き方が、ごく自然に残っています。 人間が本来持っていた、「自由に生きる」という当たり前だった感覚。 それは、モンゴルには今も残っているのかもしれません。 もちろん、これはあくまでも私自身がモンゴルで暮らす中で感じている印象です。 モンゴルにはさまざまな人がいて、世代や仕事、環境によって考え方も違います。ですから、この感覚がすべてのモンゴル人に当てはまるとは思っていません。 それでも、この国で過ごす中で、「自由」という価値観が人々の暮らしや社会の根底に流れているように感じています。 この文章が正しい答えなのかは分かりません。 ただ、私がモンゴルで暮らし、現地の人たちと接する中で素直に感じた、一つの実感です。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 タバコから見えてきた、モンゴル人の価値観 普段は干渉しない。でも危険なら他人でも助ける 本当の豊かさについて考える
- 外国人優遇政策で見えてきたこと──その知恵と予算を、なぜ日本の若者にも生かさないのか
外国人向けの交通割引や観光支援を見て、私は一つ気づいたことがあります。 政府や自治体、交通事業者は、人の移動を促し、地域経済を活性化する方法を知らないわけではありません。 その代表例が、訪日外国人向けの鉄道乗り放題制度です。 新幹線を含む鉄道を一定期間乗り放題で利用できる仕組みは、すでに10年以上前から存在しています。 一部の列車や利用条件には制限がありますが、外国人旅行者や出張者が全国を移動しやすい制度が、以前から用意されてきました。 つまり、移動費の負担を軽くすれば人が動き、地方にも経済効果が広がることは、すでに理解されていたのです。 だからこそ疑問です。 なぜ、その発想を日本の若者や子育て世代にも、もっと積極的に生かさないのでしょうか。 私は以前から、例えば35歳以下の新幹線料金を半額にする仕組みがあればいいと考えていました。 半額が難しければ、空席の多い時間帯や対象区間に限定しても構いません。 移動費が安くなれば、地方に住みながら都市部で働く、地元企業の面接に行く、実家の近くで子育てするといった選択肢が広がります。 地方の過疎化、人手不足、都市への一極集中の緩和にもつながる可能性があります。 また、新幹線にも飛行機のエコノミー席のように、価格を抑えた座席枠を設けることができるかもしれません。 浜松のような地域なら、若者や子育て世代のバス料金の負担を軽くする方法もあります。 すでに路線維持などに公的な支援が行われているのであれば、単に路線を存続させるだけでなく、実際に利用者を増やすための支援も検討すべきではないでしょうか。 バスを使う人が増えれば、通勤や通学がしやすくなるだけでなく、渋滞や排ガスの削減も期待できます。 こども家庭庁の予算についても、考え方は同じです。 重要なのは予算の大きさではなく、交通費、家賃、保育料、給食費など、若い世代が日常的に負担している費用を実際に減らせるかどうかです。 外国人向けの制度を否定する必要はありません。 ただ、外国人には長年提供してきた「移動しやすくする」という仕組みを、日本の未来を支える若者にも、もっと生かせるはずです。 政府や交通事業者が方法を知らないのではありません。すでにできている仕組みを、誰に向けて使うかという問題なのです。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 日本に貢献してきた外国人を減らし、安い労働力を増やす矛盾 現役世代の4人に1人が外国人に 「日本からみたら、モンゴルは国民ファースト』日本も見習ってほしい──『生きるための固定費』が優しい」
- AIとロボットの時代にも、確実に残る仕事―― 一つ目
AIとロボットの進化によって、人間の仕事は最後まで残るのだろうか。 製造業だけでなく、農業、畜産、運送、事務、教育まで、自動化される可能性があります。 しかし、考えていくと、かなり最後まで残ると思える仕事が一つあります。 それは、 「数が少ない希少品や限定品をメンテナンスや修理する仕事」 です。 大量生産品の修理は自動化される これから大量生産される自動車や家電、生活用品は、ロボットによって製造されるようになるでしょう。 故障の診断をAIが行い、部品交換や修理までロボットが担当する可能性があります。 さらに製品価格が下がれば、壊れた物を修理するより、新しい物へ交換したほうが早くて安い時代になるかもしれません。 そのため、一般的な大量生産品を修理する仕事は、今後かなり減っていくと考えられます。 しかし、数の少ない物は違います。 数が少なければ、ロボットの出番はない たとえば、 クラシックカーや限定生産された高級車 高級腕時計 宝石や美術品 アンティーク家具 貴重な楽器や伝統工芸品 歴史的建造物 などです。 必ずしも、世界に一つしかない物である必要はありません。 同じ製品が複数存在していても、生産数や現存数が少なければ、その修理を自動化する意味がありません。 数百万台販売されている自動車なら、専用の修理ロボットや自動修理設備を開発する価値があります。 しかし、世界に数百台、数千台しか存在しない車のために、専用ロボットを開発しても費用を回収できません。 修理する台数が少なすぎるため、自動化しても採算が合わないのです。 つまり、ロボットに置き換えられない理由は、技術的に難しいからだけではありません。 数が少なすぎて、ロボットに覚えさせたり、専用設備をつくったりする経済的な意味がないのです。 同じ製品でも、状態は一つひとつ違う 古い物は、同じ製品であっても状態が異なります。 同じ車種でも、走行距離、保管環境、過去の修理歴、部品の劣化状態は一台ずつ違います。 古い建物も、建物の傾き、木材の傷み方、湿気、過去の増改築によって、修理方法が変わります。 交換部品がすでに存在しなければ、現物を確認しながら部品を加工したり、一から製作したりしなければなりません。 そこでは、長年の経験による感覚や微妙な力加減、その物が持つ価値を損なわない判断が必要になります。 AIは、故障原因や修理方法を調べ、必要な部品を設計することはできるでしょう。 しかし、実際の作業では、音、振動、手応え、においなど、数字や設計図だけでは分からないことがあります。 ネジをどこまで締めるのか。 古い部品を壊さず、どのように取り外すのか。 どこまで新しくして、どこをあえて残すのか。 その場で現物を見ながら判断しなければなりません。 AIとロボット側富裕層が所有する貴重品は残り続ける AIとロボットの時代になっても、富裕層が所有する希少品や限定品は残り続けるでしょう。 クラシックカー、高級腕時計、美術品、アンティーク家具などは、古くなったからといって簡単に新しい物へ交換できません。 むしろ、年月がたつほど希少価値が高くなる物もあります。 富裕層にとって大切なのは、単に壊れた物を動く状態へ戻すことだけではありません。 「信頼できる職人に、大切な品物を任せること」 そのものにも価値があります。 希少品の修理は、一度失敗すれば、取り返しのつかない損失につながる可能性があります。 だからこそ、長年の経験があり、その品物の価値を理解し、安心して任せられる職人が必要になります。 技術だけでなく、職人への信頼自体が価値になるのです。 学歴より、現物を直せる力 この仕事に必要なのは、一般的な知識を暗記することや、高い学歴だけではありません。 現物を見て原因を考え、自分の手を動かし、失敗できない仕事に責任を持つ力です。 ここでも最後に必要になるのは、 「自分で考え、現実を見て、実際に行動する力」 なのだと思います。 AIは、職人の知識を補い、修理方法を探し、入手できなくなった部品を設計するための強力な道具になるでしょう。 しかし最後に現物と向き合い、どの方法で直すかを判断し、自分の手で仕上げるのは人間です。 一つ、残る仕事を見つけた AIとロボットの進化を考えると、多くの仕事がなくなる未来ばかりを想像してしまいます。 しかし、すべての物が大量生産品になるわけではありません。 生産数や現存数が少ない物、一つひとつ状態が異なる物、人間の思いや長い歴史が込められた物は残り続けます。 そして、それらを守り、直し、次の世代へ引き継ぐ人も必要とされます。 一般的な修理の仕事が自動化される一方で、数の少ない物を現物に合わせて直せる専門職人の価値は、むしろ高くなるかもしれません。 数の少ない希少品や限定品を、人間の経験と手で直す仕事。 これは、AIとロボットの時代になっても、確実に最後まで残る仕事の一つだと思います。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 これから10年で社会はどう変わるのか──AI・ロボット、自動化、住宅、仕事、格差、そして『人の価値』 AIとロボットが、人の『交換価値』をなくす日──冷静に考えたら、また映画エリジウムにたどりついた 今、現役の経営者だったら──最も時間を使うのは『AIの進化を知ること』かもしれない 協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE 静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/
- 【警告】今回の産業革命は「道具」ではなく「新しい労働者(人)」を生み出している 2013年のSF映画『エリジウム』
2013年のSF映画『エリジウム』を今見ると怖い──AI時代の未来を先に描いていたのか? 2013年に公開された映画『エリジウム』。 公開当時は「かなり未来のSF映画」という印象でした。 しかし、AIが急速に進化している2026年の今、改めて見ると少し意味が変わって見えます。 この映画で描かれているのは、単なる宇宙社会ではありません。 技術が大きく進歩したにもかかわらず、その恩恵が全員には行き渡っていない世界です。 物語の舞台は2154年。 超富裕層は、地球上空に浮かぶ巨大なスペースコロニー「エリジウム」で暮らしています。 そこには、美しい自然、大きな住宅、高度な医療、治安、快適な生活があります。 一方、地球には多くの一般市民が残され、人口過密、貧困、荒廃した都市の中で生活しています。 ここで重要なのは、 技術が不足しているから人々が苦しんでいるわけではない という点です。 エリジウムには、重い病気さえ治療できるほどの高度な医療技術があります。 つまり、 「人類を救える技術そのものは、すでに存在している」 のです。 しかし、それを利用できる人と、利用できない人が分かれている。 この設定は、これからのAI社会を考えるうえでかなり意味深に見えます。 AIが進歩すれば、全員が豊かになるのか? これからAI、AIエージェント、ロボットがさらに進化すれば、人間が行っている仕事の多くを機械が代替する可能性があります。 工場、物流、事務、接客、設計、翻訳、プログラミング、医療支援。 さらにロボットが身体を持てば、これまで人間にしかできなかった仕事まで自動化されていくでしょう。 そうなれば、生産力そのものは大きく上がります。 食料も、製品も、サービスも、今よりはるかに少ない人間の労働で作れるようになるかもしれません。 普通に考えれば、人類は豊かになるはずです。 ところが、ここで一つ問題があります。 そのAIやロボットを誰が所有するのか。 もし高度なAI、生産設備、ロボット、データ、エネルギーなどを、ごく一部の企業や富裕層が所有するようになればどうなるでしょうか。 社会全体の生産力は上がっているのに、多くの人の労働需要だけが減っていく可能性があります。 国全体は豊かになっている。 企業利益も増えている。 AIは猛烈に働いている。 しかし、人間側の所得は増えない。 極端に進めば、 「国は豊かになったのに、国民は豊かにならない」 ということもあり得ます。 『エリジウム』の本当の怖さは「技術」ではなく「分配」 この映画を今見ると、一番怖いのは宇宙ステーションではないと思います。 もっと本質的なのは、 技術的には全員を豊かにできるのに、分配の仕組みによって巨大な格差社会になっている という部分です。 これはAI社会にも、そのまま当てはまる可能性があります。 AIが食料を作る。 AIが会社を運営する。 ロボットが働く。 医療技術が進歩する。 エネルギーコストが下がる。 生産コストが大幅に低下する。 ここまで進めば、人類史上もっとも豊かな社会を作れる可能性があります。 しかし、その富が社会全体に循環しなければ、話は全く変わります。 AIによって生まれた利益が一部に集中すれば、 技術の進歩と格差の拡大が同時に進む こともあり得ます。 これから本当に重要になるのは「誰が所有するか」 これまでの産業革命では、新しい機械が人間の仕事を効率化してきました。 しかし今回のAI産業革命は少し違います。 AIは単なる道具ではなく、 人間の知的労働そのものを代替できる存在 になりつつあります。 さらにロボットによって身体を持てば、知的労働だけでなく身体労働まで代替する可能性があります。 つまり今回の産業革命は、 「便利な機械が増える」 という話ではなく、 新しい労働者が大量に誕生する と考えた方が近いのかもしれません。 しかもAIやロボットは、人間とは違いコピーできます。 24時間働き、教育期間も短く、世界中に一気に展開できます。 そうなると、将来最大の問題になるのは、 AIがどこまで進化するか ではなく、 そのAIを誰が所有するのか という問題なのかもしれません。 2013年にはSFだった。しかし今は少し違って見える 『エリジウム』が公開されたのは2013年です。 当時は、かなり遠い未来を描いたSF映画に見えました。 しかし2026年現在、AIは文章を書き、画像を作り、プログラムを書き、分析し、人間の代わりにソフトを操作し始めています。 さらに次の段階として、AIエージェントや人型ロボットの開発も進んでいます。 もちろん、2154年の『エリジウム』の世界がそのまま実現するとは思いません。 未来がどうなるかは誰にも分かりません。 ただ、この映画が投げかけている問いは、以前より現実的になっているように感じます。 技術が人類を豊かにするかどうかは、技術そのものでは決まらない。 最後に決めるのは、 「誰が所有し、誰に使わせ、どう分配するか」 なのかもしれません。 AI時代の最大の問題は、AIの性能競争ではなく、 「富の分配」 になる。 2013年のSF映画『エリジウム』を今見ると、そんな未来への警告にも見えてきます。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 【5年後の世界】今回のAI産業革命を深読み──過去の歴史と物理的な仕組みから考えれば「未来はこうなる」 2026年8月の現在地、AI革命は次のステージへ──主戦場は「頭脳の性能競争」から「身体の量産競争」へ 【警告】これから人が仕事以外で最も時間を使うべきものは何か?──答えは「変化を知り、自分の判断を更新する時間」かも
- ハンドルもペダルもないテスラ「サイバーキャブ」が、ついに一般客を乗せて走り始めた
2026年9月3日、米国テキサス州オースティンの一部地域で、テスラの「サイバーキャブ」による一般向け乗車サービスが始まりました。 これは、単なる新型車の発表ではありません。 これまで未来の乗り物として紹介されてきたサイバーキャブが、実際に一般客を乗せ、公道を走り始めたのです。 サイバーキャブには、 ハンドルがない アクセルペダルがない ブレーキペダルがない 通常のサイドミラーがない 運転席そのものがない という、これまでの自動車とは根本的に異なる設計が採用されています。 人間の運転を補助する車ではありません。 最初から「人間が運転しない」ことを前提につくられた、完全自動運転専用の2人乗り電気自動車です。 映像を見ると、金色のサイバーキャブが一般の自動車に交じって街を走り、乗客を目的地まで運んでいます。 運転席には誰もいません。 それどころか、緊急時に乗客が握るハンドルさえありません。 これはこれは単なる「AIを搭載した車」ではない 私がサイバーキャブを見て最も強く感じたのは、これは単なる「AIを搭載した車」ではないということです。 私は以前から、AIはいずれコンピューターやスマートフォンの中だけに存在するものではなく、現実世界で動くための「機体」を持つようになると考えてきました。 今回のサイバーキャブは、まさにその姿ではないでしょうか。 AIを自動車に載せたのではなく、AIが現実世界を移動するために、電気自動車という機体を手に入れた。 私は、ここが一番重要だと思います。 これまでの車は、人間が運転するための機械でした。 人間が周囲を見て、状況を判断し、ハンドルやアクセル、ブレーキを操作していました。 しかしサイバーキャブでは、AIがカメラを通して周囲を見ます。 AIが道路や信号、歩行者、ほかの車の動きを判断し、自ら走り、曲がり、止まり、人を目的地まで運びます。 人間は車を操作する人ではなく、AIが動かす機体に乗せてもらう人になります。 これは自動車の進化というより、AIがコンピューターの中から現実世界へ出てきたということではないでしょうか。 AIにとって、電気自動車は相性のよい機体になる AIが機体を持つ場合、最も相性がよいものの一つは、やはり電気自動車だと思います。 ガソリン車には、 エンジン 燃料供給装置 変速機 排気装置 エンジンオイル 複雑な冷却装置 など、多くの機械部品があります。 一方、電気自動車はバッテリーに蓄えた電気でモーターを動かします。 走る、止まる、曲がるという動きを電子信号で直接制御しやすく、AIの判断を機体の動きへ素早く反映できます。 AIが判断し、その判断を電気信号として機体へ送り、モーターやブレーキを動かす。 この仕組みを考えると、AIと電気自動車の相性がよいのは当然なのかもしれません。 サイバーキャブでは、充電作業についてもワイヤレス化を進める構想があります。 それが本格的に実現すれば、 自分で客を迎えに行く 自分で目的地まで運ぶ 電力が減ったら自分で充電場所へ行く 人間の手を借りずに充電する 再び客を迎えに行く という、一連の仕事を自律的に行えるようになります。 ここまで来ると、サイバーキャブは「人間が使う自動車」というより、自ら判断して働くAIの機体です。 AIは目的に応じて、さまざまな機体を持つようになる この流れは、自動車だけでは終わらないと思います。 これからAIは、目的に応じてさまざまな機体を持つようになるはずです。 道路を走る機体が自動運転車 人と同じ場所で働く機体が人型ロボット 空を飛ぶ機体がドローン 荷物を運ぶ機体が配送ロボット 畑で働く機体が農業機械 建設現場で働く機体が重機 海を移動する機体が船 宇宙で活動する機体が探査機 AIの機体は、必ずしも人間の形をしている必要はありません。 人を運ぶなら車の形がよく、荷物を運ぶなら運搬専用の形がよい。畑で働くなら農業機械、重い物を動かすなら重機の形が適しています。 つまりAIは、一つの決まった身体を持つのではなく、仕事や目的に応じて最も適した機体を使い分ける存在になるのではないでしょうか。 サイバーキャブは、その始まりを私たちに見せているのかもしれません。 ここからはネット情報です。 約48kWhのバッテリーで約470kmを目指す 米国のEPA認証資料などから、サイバーキャブの具体的な仕様も分かり始めています。 乗車定員:2人 駆動方式:前輪駆動 モーター出力:約163kW・219馬力 バッテリー容量:約47.6kWh 車両重量:約1,412kg 推定実用航続距離:約293マイル・約471km 約48kWhという比較的小さなバッテリーで約470kmを走れるとすれば、単純計算では1kWh当たり約9.8kmになります。 日本の一般的な電気自動車と比べても、かなり高い電費です。 速く走ることや豪華な装備を増やすことよりも、できるだけ少ない電力で、人を安く、長時間運び続けることに重点を置いた設計なのでしょう。 さらに、最新の発表では、サイバーキャブのモーターにはレアアースを使用していないとテスラが説明しています。 大量生産した場合の資源確保や製造コストまで考えた設計だと思います。 ブレーキ液も使わない新しい仕組み テスラは、サイバーキャブに新しいブレーキ・バイ・ワイヤ技術を採用したと説明しています。 従来の油圧式ブレーキのようにブレーキ液で力を伝えるのではなく、電子信号と各車輪の作動装置によって制動する考え方です。 ハンドルやペダルだけでなく、従来の自動車を構成してきた機械的な仕組みまで減らし、AIと電気信号で直接動かせる機体へ変えようとしていることが分かります。 部品数を減らすことができれば、製造コストだけでなく、将来的には故障や整備の負担も減らせる可能性があります。 ただし、長期間・大量走行した場合の耐久性については、これから実証されることになります。 将来は、車が所有者の代わりに働く可能性もある テスラが描いている構想では、将来的に個人や事業者がサイバーキャブを所有し、使わない時間にロボタクシーとして働かせることも想定されています。 例えば、所有者が寝ている夜間にサイバーキャブが乗客を運び、収益を生み出すという使い方です。 配車、料金計算、運行管理、充電などをテスラのシステムが担えば、自動車は「維持費のかかる所有物」から「自動で働く機械」へ変わります。 ただし、個人所有のサイバーキャブを自由にロボタクシー網へ参加させる仕組みは、まだ本格的に始まっていません。 車両価格についても、テスラは3万ドル未満を目標としてきましたが、一般向けの正式販売価格が確定したわけではありません。 現時点では、実現済みのことと将来構想を分けて見る必要があります。 現在確認されているサイバーキャブは45台 テキサス州の登録情報によると、2026年9月上旬時点で、テスラは州内に420台の自動運転車を登録しています。 そのうち45台がサイバーキャブです。 発表会だけで動かす一台の試作車ではなく、複数の車両が登録され、実際の配車サービスへ投入され始めたことになります。 ただし、現在のサービスはオースティンの限定地域で始まったばかりです。 利用者がテスラのRobotaxiアプリから配車を依頼しても、必ずサイバーキャブが来るわけではなく、従来型のModel Yが配車される場合もあります。 現時点では、まだ大規模な普及が始まったという段階ではありません。 サービス開始の翌日に、米当局が調査を開始 サイバーキャブには、大きな課題もあります。 一般向けサービスが始まった翌日の2026年9月4日、米道路交通安全局NHTSAは、テスラによるサイバーキャブの自己認証が適切だったのか調査を開始しました。 現在の米国の安全基準は、基本的にハンドル、ブレーキペダル、アクセルペダル、ミラーなどを備えた自動車を前提としています。 サイバーキャブには、それらがありません。 NHTSAは、テスラがどの安全基準を適用外と判断し、どのような技術資料を根拠に適合を認証したのか調べています。 調査が始まったことは、直ちに違法や運行停止が決まったという意味ではありません。 しかし、サイバーキャブを急速に大量展開するうえで、法律と安全基準が大きな壁になる可能性があります。 テスラは、技術だけでなく、実際の公道で安全性を証明する必要があります。 技術的には未来が始まった。しかし完成した未来ではない サイバーキャブには、まだ解決しなければならない問題があります。 悪天候や霧、逆光でも安全に走れるのか カメラが汚れた場合にどう対応するのか 事故の責任を誰が負うのか 故障時に誰が現場へ行くのか 車内を誰が清掃・管理するのか 犯罪や迷惑行為をどう防ぐのか 各国の法律にどう適合させるのか 本当に人間より安全なのか これらは、実際に多数の車両を長期間運行しなければ分かりません。 イーロン・マスク氏は過去にも、自動運転の実現時期について非常に強気な予測を繰り返してきました。しかし、実際の展開は予測より遅れてきました。 そのため、今回もテスラの発表をそのまま信じるのではなく、実際の台数、走行地域、事故率、規制当局の判断を冷静に確認する必要があります。 それでも、ハンドルもペダルもない車が一般客を乗せ、公道を走り始めたことは事実です。 サイバーキャブが示しているのは、自動車だけの未来ではない サイバーキャブについて、多くの人は「タクシー運転手の仕事がなくなるのではないか」と考えると思います。 しかし、私はそれだけではないと思います。 サイバーキャブが変えようとしているのは、 運転する人 充電する人 配車を管理する人 料金を計算する人 車を所有する意味 移動にかかる費用 自動車の構造そのもの です。 そして何より重要なのは、AIが初めて現実世界で自ら動き、判断し、継続的に仕事をするための機体を持ち始めたことです。 これからAIは、自動車だけでなく、ロボット、ドローン、農業機械、重機、船、航空機など、さまざまな機体とつながっていくでしょう。 これは、AIを搭載した自動車の登場ではありません。 AIが電気自動車という機体を手に入れ、コンピューターの中から現実世界へ出てきたということではないでしょうか。 技術的には、未来はすでに公道を走り始めています。 ただし、その安全性や法律、社会の仕組みは、まだ追いついていません。 サイバーキャブの本当の評価が決まるのは、発表された今ではなく、これから何年にもわたって人を安全に運び続けられるかどうかだと思います。 それでも私は、今回のサイバーキャブを見て、AI時代が次の段階へ進んだことだけは間違いないと感じました。 協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE 静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/
- AIとロボットが、人の「交換価値」をなくす日──冷静に考えたら、また映画エリジウムにたどりついた
現在の地球経済は、複雑に見えても、基本的な仕組みは昔の物々交換と変わりません。 昔は、米と魚、家畜と道具などを直接交換していました。現在は、その間に紙幣や電子マネーが入っただけです。 私たちは自分の労働力、知識、技術、時間を企業や社会に提供し、その対価としてお金を受け取ります。そして、そのお金を食料、住宅、電気、車、医療、旅行などと交換しています。 つまり、現在の人間が持つ最も一般的な交換材料は「労働力」です。 これまで、どれほど機械や道具が進化しても、人間そのものが不要になることはありませんでした。 機械を動かし、判断し、管理し、修理する人間が必要だったからです。 しかし、今回のAIとロボットは、これまでの機械とは本質的に違います。 今回作られている機械は、単なる便利な道具ではありません。 人間の頭脳と身体そのものを代替する機械です。 しかも、将来的には、一人の人間と同じ能力にとどまりません。 人間の何倍もの速さと正確さで働き、休憩も睡眠も給料も必要としない。経験や能力はデータとして複製され、一度完成すれば、同じ能力を持つ存在を大量に増やせます。 その原動力は、基本的には電気です。 これから重要になるのは「何を所有しているか」 もちろん、AIやロボットを動かすためには、電気だけがあればよいわけではありません。 ロボットを製造するための金属、半導体、レアアース、工場、土地、通信網、データセンターなども必要です。保守や修理のための設備も欠かせません。 しかし、究極的に重要になるのは、次のものを誰が所有しているかです。 AIを動かす計算能力 ロボットを作る資源と工場 それらを動かす電力 土地、水、食料などの生活資源 これらを持つ人や企業は、AIとロボットを使って、生活に必要な物の多くを自分たちで生産できるようになります。 食料は自動農場で作る。 製品は無人工場で生産する。 輸送は自動運転車が担う。 建設、警備、清掃、料理、医療、介護までAIやロボットが担当するようになれば、富裕層や巨大企業は、一般の人々の労働力を以前ほど必要としなくなります。 ここに、過去の産業革命とは決定的に違う危険があります。 これまでは、資産を持たない人でも、労働力という交換材料を持っていました。 働くことで社会に必要とされ、お金を受け取り、それを生活に必要な物やサービスと交換できたのです。 しかし、人間より安く、速く、正確に働くAIやロボットが普及すれば、その交換材料の価値が下がっていきます。 企業側から見れば、 人間を雇うより、AIとロボットを導入したほうが合理的。 という場面が増えるからです。 もちろん実際には、電気代だけでなく、機器の購入費、保守費、設備投資などもかかります。 それでも、人間を長期間雇用する費用より安くなれば、企業が置き換えを進めるのは自然な流れでしょう。 私たちは「必要とされているから」使わせてもらえるのかもしれない 現在、私たちがAI、コンピュータ、インターネットなどを比較的自由に利用できるのは、人間がまだ消費者であり、労働者であり、企業にとって必要な存在だからなのかもしれません。 商品を買う人がいる。 サービスを利用する人がいる。 働いて企業を支える人がいる。 そのため企業は、私たちに便利な技術を提供し、社会全体を経済活動に参加させています。 しかし、人間の労働にも消費にも大きな価値がなくなったとき、AIやロボットの所有者が、その力をすべての人に平等に開放し続ける保証はありません。 最高性能のAIを使える人と、制限されたAIしか使えない人。 高度な医療を受けられる人と、最低限の医療しか受けられない人。 安全な地域に住める人と、選択肢の少ない地域に住む人。 技術が進歩するほど、誰もが平等に豊かになるとは限らないのです。 最悪の未来は「搾取される社会」ではない これまでの格差社会では、富裕層も労働者を必要としていました。 工場で働く人、荷物を運ぶ人、農作物を育てる人、商品を購入する消費者がいなければ、富裕層や企業も利益を得られなかったからです。 そのため、搾取という問題はあっても、支配する側には、人々を生かして働かせる理由がありました。 しかし、AIとロボットが人間の労働を代替すると、状況はさらに厳しくなります。 最悪の未来は「低賃金で働かされる社会」ではありません。 そもそも働くことすら求められず、経済的に必要とされない社会です。 AI、ロボット、発電設備、資源、土地を所有する少数の人々だけで、生活と生産が成立するようになれば、残りの大多数は「労働力」としての交渉力を失います。 さらに、所有する側が必要な物を自分たちで生産できるようになれば、従来のように大多数の消費者を必要とする理由まで弱くなるかもしれません。 そうなれば、富の分配は市場での交換ではなく、所有者側の判断や、政府の制度に左右されるようになります。 人 間の生活が、自分の働きによって成り立つのではなく、 誰かが分配してくれるかどうか。 に依存する社会へ変わる可能性があります。 ベーシックインカムがあれば安心なのか もちろん、政府がAIやロボットから得られる利益に課税し、ベーシックインカムとして国民に分配する可能性はあります。 AIやロボットが生み出す富を社会全体で共有できれば、人間は長時間労働から解放されるかもしれません。 理論上は、非常に豊かな社会も実現できます。 しかし、制度が自動的に整うとは限りません。 強大な富と技術を持つ側が、自らの利益や権力を社会全体へ公平に分配する仕組みを、進んで受け入れるとは限らないからです。 さらに重要なのは、ベーシックインカムが導入されたとしても、それが「自由」を保障するとは限らないことです。 生活費を受け取る代わりに、行動や利用できるサービスに条件が付けられる可能性があります。 例えば、 住める地域 受けられる医療 利用できるAIの性能 移動できる範囲 所有できる財産 発言できる内容 などが、信用スコアや社会的評価によって左右されるかもしれません。 表面上は生活が保障されていても、実際には選択肢が大きく制限される。 そのような社会は、豊かさと引き換えに自由を失う社会です。 冷静に考えると、また映画『エリジウム』にたどりつく 一方で、AI、ロボット、資源、電力を所有する側は、一般社会から切り離された安全で豊かな地域に住み、最高の医療、教育、警備を利用できるようになります。 必ずしも映画のように宇宙空間へ移住する必要はありません。 高級住宅地、警備された都市、専用の医療施設、会員制の生活圏などによって、同じ地球上でも実質的に別の世界を作れます。 上位層はAIとロボットによって生活を完結させる。 それ以外の人々は、与えられた制度やサービスの範囲で生活する。 これは、映画『エリジウム』とまったく同じ未来ではありません。 しかし、その本質である、 「技術と資源を所有する側」と「それに依存する側」の分離。 という構造には、十分近づく可能性があります。 私が気になっているのは、この未来が数十年後や100年後の話とは限らないことです。 AIの進化速度、ロボットの普及、電力や半導体への投資、資産の集中を考えると、10〜15年後には、主要国でこうした分断が目に見える形になっていても不思議ではありません。 AIに確率を推定してもらった ここで、現在の研究、技術の普及速度、資産集中の状況を踏まえ、AIに主観的な確率を推定してもらいました。 もちろん、公的機関による公式予測ではありません。 また、未来を正確に言い当てるものでもありません。 あくまで、現時点の情報から考えた一つの仮説です。 起こり得ること 5年後(2031年)ごろまで 14年後(2040年)ごろまで AIによって事務・管理・情報処理の仕事が大幅に減る 70〜85% 90〜95% AI・半導体・電力の所有者に富が集中する 80〜90% 85〜95% 人間の労働価値が下がり、格差が拡大する 60〜75% 75〜90% AIとロボットの所有層・非所有層の分断が明確になる 40〜60% 65〜80% 生活保障と引き換えに、行動やサービスが管理される 40〜60% 85〜95% 世界の主要国で、映画に近い二極化が明確になる 1〜5% 50〜70% ※公的機関の公式予測ではなく、AIによる主観的な推定です。 特に注目したいのは、最後の項目です。 2031年ごろまでに、映画のような明確な二極化が進む可能性は、まだ1〜5%程度です。 しかし、2040年ごろまでに主要国で「技術や資源を所有する側」と「それらに依存する側」の分断が目に見える形になる可能性は、**50〜70%**という推定になりました。 もちろん、世界中の人々が完全に二つの階級へ分けられるという意味ではありません。 主要国の一部で、住む場所、利用できる医療、教育、AIの性能、安全性、生活の自由度において、映画に近い格差が明確になっていく可能性がある、ということです。 本当の格差は「お金の差」から「生存条件の差」へ変わる これから起こり得る格差は、単なる年収の違いではありません。 AIを所有する側と、AIによって仕事の価値が下がる側。 ロボットを保有する側と、ロボットに労働を代替される側。 電力や資源を支配する側と、それらを与えてもらわなければ生活できない側。 この分断が進めば、格差は「何を買えるか」という問題から、 どこで、どのように、どれだけ自由に生きられるか。 という問題へ変わります。 現在はまだ、人間同士が労働、商品、サービスを交換する社会です。 だから私たちは、社会を動かす一員として必要とされています。 しかし、人間が提供できるものを、AIとロボットがより安く、より速く供給できるようになったとき、人間の生活や尊厳を市場原理だけで守ることは難しくなります。 もちろん、この未来が必ず訪れると断定することはできません。 AIとロボットが生み出す利益を社会全体で共有し、公平な分配制度を作ることができれば、人類は働くことから解放され、より豊かに暮らせる可能性もあります。 しかし、それには、富と技術を持つ側の利益だけではなく、人間全体の生活を優先する制度が必要です。 そして、その制度は、放っておけば自然に生まれるものではありません。 だからAI時代に本当に考えなければならないのは、 AIが人間より賢くなるかどうかではなく、人間が交換するものを失ったあと、誰が人間の生存と自由を保障するのか。 という問題です。 私たちは今、まだ交換できる側にいます。 しかし、その前提が崩れたとき、資源、電力、AI、ロボットを所有する少数の人々と、それらを使わせてもらわなければ生きられない大多数に、社会が分かれる可能性があります。 そのとき待っているのは、単なる失業社会ではありません。 人間が社会から必要とされなくなるかもしれない、これまで人類が経験したことのない世界です。 冷静に考えたら、また映画『エリジウム』にたどりつきました。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 【警告】今回の産業革命は「道具」ではなく「新しい労働者(人)」を生み出している 【警告】【5年後の世界】今回のAI産業革命を深読み──過去の歴史と物理的な仕組みから考えれば「未来はこうなる
- 一枚の請求書から考えた「消費税」の正体──なぜ付加価値税と正直に説明しないのか
最初は、工事を引き受けていただいた会社への感謝を書こうと思っていました。 ところが、一枚の請求書をきっかけに、税込表示と税抜表示、消費税の仕組み、税金の名称、そしてAIによる情報の検証まで、思いがけず話が広がりました。 有限会社管理事業さんの誠実な対応 今回、有限会社管理事業さんに、浄化槽の特殊な修理をお願いしました。 ほかの会社では引き受けてもらえないような内容でしたが、予算内で対応していただき、とても助かりました。 さらに、請求書を受け取ったとき、思わぬことに気づきました。 事前に口頭で聞いていた金額と、実際の請求金額がまったく同じだったのです。 私は、見積金額に消費税が別途加算されると思っていました。しかし、管理事業さんは、最初から税込金額を伝えてくださっていました。 見積もりから支払いまで、金額は変わりませんでした。 特殊な工事を予算内で引き受けてもらえただけでなく、追加の負担もなかったため、改めて誠実な会社だと感じました。 日本に戻ってから工事代金を振り込み、心から感謝しました。 「いくらかかりますか」と聞いているのに、答えは税抜価格 私も長年会社を経営していましたが、自分の会社では税込の見積もりを作成していました。 お客様にとって重要なのは、税抜価格ではなく、最終的にいくら支払うかだと考えていたからです。 しかし現在は、「いくらかかりますか」と尋ねると、税抜価格で答える会社が少なくありません。 例えば、「20万円です」と言われれば、多くの人は20万円で済むと思います。 ところが請求書では、消費税が追加されて22万円になることがあります。 最初から「税抜20万円です」「税込では22万円です」と説明していれば問題ありません。会社同士の取引では、税抜で見積もることも一般的です。 ただ、一般の依頼者にとって本当に知りたいのは、最後に支払う総額です。 だからこそ、最初から税込金額を伝えてくれた管理事業さんの対応に、私は誠実さを感じました。 税込表示が原則なのに、なぜ税抜価格ばかり目立つのか 消費者向けに商品やサービスの価格をあらかじめ表示する場合、税込価格を示す総額表示が原則です。 しかし、実際の売り場では次のような表示をよく見かけます。 本体価格:980円 税込価格:1,078円 税抜価格の980円は大きく表示され、税込価格の1,078円は小さく添えられています。 税込価格も記載されていれば、形式上はルールを満たしている場合があります。 しかし、人が最初に認識するのは、大きく表示された980円です。 セルフレジでも、商品の読み取り時に税抜価格が音声で案内されることがあります。 「980円」と聞けば、その金額で商品を購入したように感じます。しかし、実際に支払う金額は1,078円です。 法的に音声案内まで税込表示が義務付けられているかという話と、消費者にとって分かりやすいかという話は別です。 私が疑問に思うのは、最初に伝わる金額と、最後に支払う金額が違うことです。 「法律上問題ない」と言われても、それだけで納得できるとは限りません。 私も経営者時代は、消費税を「預かった税金」だと思っていた 消費税について、私にはもう一つ、以前から気になっていたことがあります。 それは、領収書や請求書に記載される「内消費税〇円」という表示です。 実は私自身、会社を経営していた頃、消費税は次のような仕組みだと思っていました。 お客様から預かった税金を、会社がそのまま国へ納める。 そのため、お客様にも、 「消費税は国に納めるものですから、申し訳ありません」 と説明していました。 私の周囲でも、同じような説明をしている経営者ばかりでした。 少なくとも私は、それに対して「実際の仕組みは違いますよ」と指摘する人を見たことも、聞いたこともありませんでした。 なぜ社長なのに知らなかったのかと思われるかもしれません。 しかし、多くの経営者は、営業、現場、従業員の管理、資金繰りなどに追われています。 帳簿の作成や消費税の申告は、経理担当者や税理士に任せている会社も少なくありません。 私も、あるとき税理士から説明を受けて、初めて消費税の実際の仕組みを知りました。 消費税は「預かった金額をそのまま納める税金」ではない 日本の消費税は、付加価値税の仕組みを採用しています。 原則として、事業者は売上にかかる消費税から、仕入れなどにかかる消費税を差し引いて納税します。 例えば、税抜10万円の商品を、税込11万円で販売したとします。 請求書には「内消費税1万円」と表示されます。 一方、その商品を税抜6万円、税込6万6,000円で仕入れていた場合、仕入れに含まれる消費税は6,000円です。 すると、その販売店が原則として納める税額は、 売上にかかる消費税1万円-仕入れにかかる消費税6,000円=納税額4,000円 となります。 お客様から受け取った消費税相当額1万円を、その店が丸ごと国へ納めるわけではありません。 もちろん、差額の6,000円が勝手に消えたり、そのまま店の利益になったりするわけではありません。 仕入先などが流通の各段階で税額を計算し、それぞれの付加価値に応じて納付する仕組みです。 しかし、重要なのはそこです。 請求書に書かれた消費税額と、その会社が実際に国へ納める税額は、同じとは限りません。 それなのに、「内消費税1万円」という表示を見ると、多くの人は、その1万円を店がそのまま国へ納めるものだと受け取るのではないでしょうか。 私自身が、まさにそうでした。 「消費税」という名前そのものが誤解を招いていないか ここまで考えていくと、「消費税」という名前にも疑問が出てきます。 「消費税」と聞けば、消費者が税金を支払い、それを事業者が預かって国へ納めるものだと考える人が多いと思います。 しかし、実際の納税方法は、売上にかかる税額から仕入れにかかる税額を差し引く付加価値税です。 それなら、最初から、 付加価値税 あるいは、 消費型付加価値税 と呼んだほうが、制度の仕組みを理解しやすいのではないでしょうか。 「消費税という名前も制度上は間違いではない」という説明はできるかもしれません。 しかし、私が問題にしているのは、誤りかどうかではありません。 国民が制度の実態を正しく理解できる名称になっているかどうかです。 政治家や行政の責任は、「間違いではない」と言える名前を付けることではないと思います。 国民が誤解しないように、実態が伝わる名称と説明を用意することではないでしょうか。 長年会社を経営していた私ですら、税理士から聞くまで誤解していました。 周囲の経営者も同じように理解していました。 それなら、一般の消費者が正しく理解できていないとしても、不思議ではありません。 スーパーに、この説明が一枚あればよい 私が求めているのは、スーパーの売り場で複雑な税法を説明することではありません。 入口や売り場、セルフレジなどに、次のような説明を掲示すればよいと思います。 表示されている消費税相当額は、商品の価格を税率に基づいて区分した金額です。事業者が国へ実際に納付する税額を示すものではありません。 たったこれだけです。 この一文があれば、「内消費税〇円」と表示されていても、その金額を店がそのまま国へ納めるわけではないことが分かります。 さらに、次の説明があれば一層明確です。 事業者は原則として、売上にかかる税額から、仕入れなどにかかる税額を差し引いて納税します。 なぜ、これだけの説明がほとんど見当たらないのでしょうか。 長い法律の条文を読めば分かるという問題ではありません。 日常的にお金を払っている国民が、その場で仕組みを理解できるかどうかが大切です。 分かりにくい説明が続けば、ほかの制度まで疑いたくなる こうした疑問は、消費税だけに限りません。 税金と社会保険料が別々に説明されれば、家計が実際に負担している総額は分かりにくくなります。 会社負担分の社会保険料まで考えれば、働く人に関係する負担の全体像は、給与明細だけでは見えにくい場合があります。 補助金や給付金が分かりやすく説明されても、その財源や将来の負担まで同じように示されるとは限りません。 もちろん、すべてが意図的に隠されていると断定することはできません。 制度が複雑になる事情もあるでしょう。 しかし、分かりにくい説明が繰り返されれば、 見えていない部分でも、同じようなことが行われているのではないか。 と疑いたくなります。 信頼を損なうのは、明確な嘘だけではありません。 分かりにくさや、誤解を招く見せ方の積み重ねも、社会全体への不信感につながります。 昔なら「よく分からない」で終わっていた 以前は、税金や制度について政治家や政党が疑問を投げかけても、その内容が正しいのかを一般の人が調べるのは簡単ではありませんでした。 例えば、参政党をはじめとする政党や論者が消費税について政府とは異なる説明をしていても、 本当にそうなのか。 政治的な主張なのか。 制度上の事実はどこにあるのか。 を調べるには、法律や公的資料を読み、専門家の説明を比較する必要がありました。 多くの人は、そこまで時間をかけられません。 その結果、「よく分からないまま終わる」ことが少なくなかったと思います。 AIによって、普通の人も仕組みを確かめられる 今は、AIに質問しながら、制度を一つずつ整理できます。 消費税を実際に納めるのは誰か。 なぜ付加価値税と呼べるのか。 請求書に書かれた税額と、会社が実際に納める金額は同じなのか。 税込表示は、どのような場合に必要なのか。 「消費税」という名称は、制度の実態を分かりやすく示しているのか。 こうした疑問を重ねていけば、以前なら専門家に聞かなければ整理できなかった内容も、一般の人が理解しやすくなります。 もちろん、AIの回答が常に正しいわけではありません。 政治家や政党の主張も、制度上の事実、価値判断、将来予測を分けて確認する必要があります。 だからこそ、AIの説明をそのまま信じるのではなく、法律や公的資料と照らし合わせることが大切です。 それでも、これまで「よく分からない」で終わっていたことを、自分で確かめられるようになった意味は大きいと思います。 一枚の請求書が教えてくれたこと 今回の記事は、有限会社管理事業さんへの感謝から始まりました。 ほかでは受けてもらえないような特殊な工事を、予算内で引き受けていただきました。 しかも、最初に聞いていた税込金額と、最後に支払う金額が同じでした。 その誠実な対応について考えているうちに、消費税の表示や名称、制度の説明のあり方、そしてAIの可能性にまで話が広がりました。 自分でも、まさかこんな展開になるとは思いませんでした。 しかし、私が最終的に感じたことは、とても単純です。 最初に聞いた金額と、最後に支払う金額が同じであること。 税金の名前が、その仕組みを正しく表していること。 表示された税額が何を意味するのか、誰にでも分かること。 企業にも政治にも求められるのは、難しい言葉で説明することではなく、相手に誤解させないことです。 「間違いではないからよい」ではなく、「正しく伝わっているかどうか」。そこに、本当の誠実さが表れるのではないでしょうか。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 日本とモンゴルの税金比較──見えてきた「税率」にくわえ大きな日本の徴収密度の差 「税金は上がっただけではない──この10年で個人と中小企業まで広がった『取り漏らさない仕組み』」 日本の企業税制と中小企業経営の現実
- 日本の給与所得者の約3人に1人が年収300万円以下──世界の平均年収と比較して見えた現実
「日本は給料が高い国」 海外では、今もそのようなイメージを持っている人が少なくありません。私が交流しているモンゴルの方々の中にも、日本人の多くは年収600万円程度を受け取っていると思っていた人がいました。 しかし、国税庁の統計を確認すると、日本の給料の現実は、その印象とはかなり違います。 日本の給与所得者の約32%が年収300万円以下 国税庁の「令和6年分 民間給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した民間の給与所得者は約5,137万人です。 その年収の内訳を見ると、次のようになります。 年収 全体に占める割合 人数 100万円以下 約7.7% 約393万人 100万円超〜200万円以下 約11.1% 約571万人 200万円超〜300万円以下 約13.2% 約677万人 300万円以下の合計 約32% 約1,641万人 つまり、日本で働く民間給与所得者の約3人に1人が、年収300万円以下です。 ただし、この統計には正社員だけでなく、パートやアルバイトなども含まれています。日本人全体の3人に1人が年収300万円以下という意味ではなく、あくまで1年を通じて勤務した民間の給与所得者を対象とした数字です。 年収300万円は世界の平均年収ランキングでどの位置か 年収300万円を1ドル=160円で換算すると、18,750ドルになります。 これを2025年の各国の平均年収と比較すると、次の位置です。 順位 国・比較対象 年収の目安 39位 ギリシャ 約340万円 参考 日本で年収300万円の人 300万円 40位 メキシコ 約230万円 41位 コロンビア 約188万円 年収300万円は、ギリシャの平均年収を下回り、メキシコの平均年収を上回る水準です。 ランキングに参考として当てはめれば、39位のギリシャと40位のメキシコの間に位置します。 ここで注意したいのは、これは日本という国が40位という意味ではないことです。日本の平均年収の順位と、年収300万円の個人を他国の平均年収と比較した位置は、別の話です。 また、このランキングは掲載されている比較対象国の中での順位であり、世界のすべての国を網羅した順位でもありません。 300万円は「平均」ではなく上限 さらに重要なのは、年収300万円という数字が、この層の平均年収ではなく上限だということです。 約1,641万人の中には、年収200万円以下の人が約964万人含まれています。 年収200万円を1ドル=160円で換算すると、12,500ドルです。これはメキシコの平均年収約230万円を下回り、コロンビアの平均年収約188万円に近い水準です。 つまり、年収300万円以下の人たちの中には、海外の平均年収と単純に比較すると、さらに低い位置に当てはまる人が少なくありません。 額面から税金や社会保険料も差し引かれる 日本では、年収300万円をそのまま自由に使えるわけではありません。 所得税、住民税、健康保険料、厚生年金保険料などが差し引かれます。さらに、残ったお金から家賃、食費、光熱費、通信費、消費税などを負担しなければなりません。 自動車が必要な地域では、自動車税、車検費用、保険料、ガソリン代もかかります。住宅を所有していれば固定資産税も発生します。 家族構成や住んでいる地域、雇用形態によって事情は異なりますが、年収300万円以下で生活を続ける場合、家計に十分な余裕を持つのは簡単ではありません。 モンゴルで感じた「日本の給料」への誤解 私のモンゴル人の知り合いには、年収600万円前後を稼いでいる人が何人かいます。 その方々に「年収600万円なら、日本でも比較的高い給料ですよ」と伝えると、意外そうな反応をされました。日本人の平均年収も、それくらいだと思っていたようです。 しかし、日本の民間給与所得者の平均年収は約478万円です。年収600万円を超える人は全体のおよそ4人に1人で、決して平均的な水準ではありません。 もちろん、モンゴルと日本では物価、税金、社会保障制度が異なります。モンゴルでは、本業以外に商売、副業、投資など、複数の収入源を持っている人もいます。 そのため、年収の数字だけで生活の豊かさを判断することはできません。それでも、「日本で働けば誰でも高い給料をもらえる」という印象は、現在の日本の実態とは合わなくなっています。 日本の給料は、海外が想像するほど高くない 今回の比較は、1ドル=160円という仮定の為替レートを使い、個人の年収を各国の平均年収と比べた参考値です。各国の物価、購買力、税金、社会保障の違いは反映していません。 それでも、日本の給与所得者の約32%が年収300万円以下という事実は変わりません。 かつての「日本は給料が高い国」というイメージだけで現在を判断すると、実際の生活との間に大きなズレが生じます。 海外から見た日本の印象と、日本で働く人たちの現実。その差は、私たちが思っている以上に広がっているのかもしれません。 参考:国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」、GLOBAL NOTE「世界の平均年収 国別ランキング・推移」 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 モンゴルではまだ知られていなかった、日本人の給料の現実
- AI社会で経営者が必ず管理しなければいけないことは?
この2日間は、自分自身の経験や考え方をもとに回答する「自分AI」を実際につくっています。 そこで感じたのは、AI社会では仕事が減るだけではなく、当面はむしろ会社の経験や情報をAIへ移していく仕事が大量に発生するのではないかということです。 そろそろAIは、デスクワークの仕事であれば、これまでのような専門的な知識がなくても、かなりのところまでできるようになってきたと感じます。 もちろん、まだ人間が指示し、確認し、修正しなければならないことは数多くあります。 最近、自分自身の経験や考え方をもとに回答する「自分AI」を実際につくっています。 そこで感じたのは、AI社会では仕事が減るだけではなく、当面はむしろ会社の経験や情報をAIへ移していく仕事が大量に発生するのではないかということです。 しかし実際に自分AIをつくってみると、経営者の立場から見て非常に難しい問題があることにも気づきました。 それは、AIを使った仕事は、時間がまったく読めないことです。 遊んでいるわけではない。それでも時間が読めない AIを使った作業では、 指示を出す。結果を確認する。間違いを見つける。修正する。もう一度試す。 これを何度も繰り返します。 うまくいけば数分で終わることもあります。 ところが、一つの問題につまずけば何時間もかかります。 もちろん、その間に遊んでいるわけではありません。一生懸命作業していても、完成まで何時間かかるのか本人にも分からないのです。 自分で実際にやってみて、これは経営者にとって非常に難しい問題になると感じました。 AIの仕事を「働いた時間」だけで評価するのは難しい 例えば、同じAIの仕組みを一人は5時間で完成させ、もう一人は50時間かけて完成させたとします。 時間給だけで考えれば、50時間かけた人のほうが会社の人件費は高くなります。 しかし、会社から見れば50時間かかったからといって、5時間で完成させた人の10倍の価値があるわけではありません。 だからといって、完全な成果報酬にするのも難しい。 AIを使った仕事では、失敗や試行錯誤そのものが必要だからです。 さらに日本のように最低賃金が決められている国では、雇用している以上、単純に「成果が出たときだけ払う」という方法にもできません。 ここは、AI社会の会社経営で非常に難しい問題になってくると思います。 そこで必要になる「5つの記録」 では、経営者はAIを使って仕事をする人を、どう管理すればよいのでしょうか。 自分でAIをつくりながら考えてみると、意外にシンプルな方法に行き着きました。 毎日、次の5つを記録することです。 1.今日何を試したか 2.何が成功したか 3.何が失敗したか 4.昨日から何が改善したか 5.会社に残った成果物は何か 私は、AIを使った仕事では、この5項目が基本になるのではないかと思います。 AIでは「失敗」も会社の財産になる この方法なら、その日に完成しなくても仕事の進み具合を見ることができます。 例えば、 「Aという方法を試したが失敗した」 だけなら成果がなかったように見えます。 しかし、 「Aを試したが動かなかった。原因が分かったので、明日はBの方法を試す」 まで記録されていれば、会社としては一歩前進しています。 さらに、その失敗例や解決方法をAIや社内資料に残しておけば、次の社員が同じ失敗を繰り返す必要もありません。 つまり、AI社会では成功だけでなく、きちんと整理された失敗も会社の財産になる可能性があります。 最後は会社が判断すればいい 5項目を毎日記録していけば、経営者はAIの細かい技術をすべて理解していなくても、仕事が前に進んでいるかを見ることができます。 そして最終的には会社が判断します。 このまま続けるのか。 方向を変えるのか。 別の人に任せるのか。 それとも、ここで中止するのか。 AIの仕事は時間が読めないからこそ、最初から完成時間を正確に決めようとするより、途中経過を見えるようにして、会社が継続する価値があるかを判断する仕組みが必要なのだと思います。 5項目の報告書もAIにつくらせればいい さらに、この管理のために人間の仕事を増やす必要もないと思います。 一日のAIとの作業履歴から、 「今日何を試したか」「何が成功したか」「何が失敗したか」「昨日から何が改善したか」「会社に残った成果物は何か」 をAI自身に整理させればよいからです。 人間は最後に内容を確認する。 経営者は、その報告を見て判断する。 これなら管理のための事務作業を大幅に増やさずに済みます。 経営者は「AIに何をさせているのか」も管理する必要がある そして、もう一つ重要になるのが、会社全体のAI利用の管理です。 これから社員がそれぞれAIを使うようになれば、経営者は少なくとも、 会社のどの仕事にAIを使っているのか。 AIにどんな会社情報を渡しているのか。 AIが出した結果を誰が確認しているのか。 AI導入によって本当に時間やコストが減ったのか。 会社の経験やノウハウがAIに蓄積されているのか。 を把握する必要が出てくると思います。 「社員がAIを使っているから大丈夫」ではなく、AIが会社の中で何をしているのかを経営者自身が把握する必要があるということです。 会社の経験を「人」だけに残さない 私は、ここが将来的に非常に大きな差になると思っています。 これまで会社の経験やノウハウは、人に蓄積されていました。 優秀な社員が20年間働いていても、その人が退職すれば、その経験の多くが会社から失われてしまいます。 しかしAIを利用すれば、その社員の経験、判断方法、失敗例、仕事の進め方などを会社に残せる可能性があります。 これからは、 「優秀な人が何人いる会社か」 だけではなく、 「会社の経験がどれだけAIやデータとして蓄積されているか」 も会社の強さになっていくのではないでしょうか。 経営者自身がAIの進化を確認する そして最後に、私はこれが最も重要だと思います。 経営者自身が、AIが今どこまで進化しているのかを定期的に確認することです。 半年前には人間にしかできなかった仕事が、今ではAIでできる。 今は何時間もかかっている仕事が、半年後には数分で終わる。 これからは、そうした変化が珍しくなくなる可能性があります。 その変化を知らなければ、会社は昔の方法のまま人と時間を使い続けることになります。 AI社会では、人を管理するだけでは足りません。 人、AI、会社に蓄積された知識、そしてAIそのものの進化を管理する。 これが、これからの経営者に必要な新しい仕事になるのではないか。 実際に自分AIをつくりながら、私はそう感じるようになりました。 協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE 静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/
- なぜ「実体験の情報×AI」に価値があるのか――後藤友亮AIをつくった理由
一般的なAIは、政府や企業の公式発表、報道機関の記事、統計、専門家の発信など、主に公開されている情報を集め、比較・整理して回答します。 公開情報の収集、比較、要約については、AIは一人の人間よりも、はるかに速く、広い範囲を調べられるようになりました。 そのため、すでに公開されているニュースや専門家の意見を集め、まとめて説明するだけの有料情報は、AIによって必要性が大きく下がったと感じています。 しかし、AIが正しい情報を出すためには、その事実がどこかで記録され、公開されていなければなりません。 ここに、一般的なAIだけでは分からない現実があります。 AIが正しい情報を把握するまでには時間差がある 現場で起きたことが、すぐに公開情報になるとは限りません。 一般的には、次のような順番になります。 現場で何かが起きる 誰かがそれを経験する 事実関係や原因が調査される 政府、企業、報道機関、当事者などが発信する インターネット上に情報として蓄積される AIがその情報を検索し、回答に反映する つまり、現実が先に動き、その後で情報が公開され、最後にAIがその事実を把握します。 そのため、現場で何かが起きてから、AIが信頼できる情報として回答できるようになるまでには、どうしても時間差があります。 さらに、現場で起きたことが必ず公開されるとは限りません。 被害や異常事例が少数の場合、個別の出来事として処理され、社会全体の傾向として認識されない可能性があります。 事例が十分に報告・記録されなければ、原因が最後まで確認されず、公開情報として残らない場合も考えられます。 AIは、公開された情報を整理することには優れています。しかし、記録も発信もされなかった出来事を知ることはできません。 実体験が必要になる具体例 これは、私自身が経験したモンゴルへの海外送金にも当てはまります。 公開情報だけを調べても、海外送金が現実にはどれほど難しくなっているのか、十分には分かりませんでした。 私は実際に複数の銀行へ相談し、求められた書類を用意しました。それでも最終的に送金を断られました。 制度上は送金できるように見えても、実際の銀行窓口では手続きが進まない。 この時点では、現場で起きていることと、インターネット上で確認できる情報との間に差がありました。 私や同じ経験をした人が、その事実を時期や条件とともに発信し、インターネット上に情報として蓄積されて、初めて一般的なAIもその情報を拾えるようになります。 したがって、AIによって情報源そのものが不要になったわけではありません。 必要性が大きく下がったのは、すでに公開されているニュースや専門家の意見を集め、まとめて説明するだけの情報です。 一方で、まだ公開情報になっていない現場の事実を、時期や条件とともに記録する人の価値は、今後も残ると思います。 実体験だけでも正しいとは限らない ただし、実体験だからといって、すべての人に当てはまるとは限りません。 私が複数の銀行で送金を断られたことは、私が直接経験した事実です。 しかし、その経験だけで、 「日本からモンゴルへの海外送金は、すべて不可能になった」 と断定することはできません。 送金目的、金額、利用する銀行、送金先、必要書類、時期などによって、結果が異なる可能性があるからです。 実体験には、公開情報にまだ出ていない価値があります。その一方で、一人の経験や見方に偏る可能性もあります。 AIにも実体験にも、それぞれ強みと弱点があります。 後藤友亮AIが目指していること そこで後藤友亮AIには、一般的な公開情報だけでなく、私が35年以上の仕事や生活の中で実際に経験してきた情報を加えています。 たとえば、 19歳から続けてきた会社経営 従業員を雇い、複数の事業を運営した経験 税務調査や制度上の問題 モンゴルでの法人設立 モンゴル不動産の購入とリフォーム 銀行口座や海外送金の手続き 太陽光発電所の運営 古民家の再生 車や機械の修理 事業を整理し、引退するまでの判断 などです。 これらの中には、インターネットを調べても、同じ条件の情報がほとんど見つからないものがあります。 後藤友亮AIは、私の経験をそのまま正解として答えるものではありません。 可能な限り、次のように分けて回答します。 私が直接経験した事実 私自身の推測や意見 公開情報で確認できる内容 一次資料で確認できない部分 私とは異なる経験や反対意見 現在は状況が変わっている可能性 結論が崩れる条件 一般的なAIが持つ広い知識と、私が現場で得た実体験を組み合わせ、互いの弱点を補うことが目的です。 後藤友亮AIの本当の価値 後藤友亮AIの価値は、私の話し方を再現することだけではありません。 一般的なAIが公開情報から答えるのに対して、後藤友亮AIは、そこに私が実際の現場で経験したことを加えて答えます。 ただし、私の実体験も絶対的な正解とはせず、公開情報、反対意見、ほかの事例と照らし合わせます。 AIだけでは、公開されていない現場のすべては分かりません。 実体験だけでは、一人の見方や特殊な事例に偏る可能性があります。 だからこそ、 自分の実体験をAIに与え、その経験を公開情報や反対事例と照らし合わせる という組み合わせに価値があると考えています。 後藤友亮AIは、私の代わりに答えるだけのAIではありません。 私が実際に経験してきた現場の情報を残し、一般的なAIの知識と組み合わせ、次の人の判断材料として役立てるためのAIです。
- ⑥「AIが仕事を奪った、その先──最後に世界を支配するのは『AI企業』なのか?」最後に問われる『富の分配』
AI時代の本当の勝負は「仕事」ではなく「分配」になるのか AIによって仕事が減り、さらにロボット化が進み、製造・物流・建設・農業、そして食料生産まで自動化されるようになったら、その先にあるのは「どんな仕事が残るか」という問題だけではないと思います。 もっと大きな問題は、 AIが生み出した莫大な富を、誰が所有し、誰にどう分配するのか。 ということです。 AIが進めば「働く→給料→消費」の仕組みが弱くなる 現在の社会は、 働く↓給料をもらう↓商品やサービスを買う という循環で成り立っています。 しかしAIとロボットが人間の仕事を大量に代替するようになると、企業は少ない人数でも大量の商品やサービスを生産できるようになります。 さらに将来、 農業工場物流販売建設エネルギー まで自動化されれば、人間が生産に参加する割合そのものが大きく下がる可能性があります。 そうなると問題になるのは、 商品は作れるのに、それを買うための所得を持つ人が減る ということです。 AI企業にとっても、国民に所得がなくなってしまえば商品やサービスを売る相手がいなくなります。 つまりAIによる生産性向上が極端に進むほど、今度は富を社会に戻す仕組みが必要になります。 今のビッグテックを見ると、その入口にはすでに入っている 現在のAI競争を見ると、私は少し気になることがあります。 AIを動かすためには、 半導体クラウドデータセンター電力通信網巨大なAIモデル大量のデータ が必要です。 これらをすべて持てる企業は多くありません。 その結果、AIの中心部分が少数の巨大企業へ集まりやすい構造になっています。 今はまだ「巨大IT企業」ですが、今後AIとロボットが社会のあらゆる部分へ入ってくれば、 単なる企業ではなく、社会を動かすインフラ企業 になっていく可能性があります。 AI企業が国家より強くなる可能性 もちろん、国家には今後も強い力があります。 法律を作る。税金を取る。通貨を管理する。警察や軍を持つ。企業を規制する。 このため、単純に「企業が国家を超える」とまでは言い切れません。 しかし問題は、 その企業が止まったら社会そのものが止まる という状態になることです。 例えば一部の巨大企業が将来、 AI↓クラウド↓ロボット↓工場↓農業↓物流↓決済 まで握るようになったらどうでしょう。 国家側も、その企業を完全には無視できなくなります。 形式上の権力は政府が持っていても、実際の社会を動かす力の一部を巨大AI企業が持つという状況は十分考えられます。 20世紀は石油、21世紀はAI 過去を見ると、国の力を左右するものは時代によって変わってきました。 20世紀には、 土地工場石油鉱物資源 を持つことが大きな力でした。 現在は、 データ半導体クラウドプラットフォーム の重要性が高まっています。 そして2030年代以降は、 AI+計算資源+ロボット=生産能力そのもの を誰が持っているかが非常に重要になる可能性があります。 つまり、AIそのものが新しい「資源」のような存在になるのかもしれません。 最終的な問題は「AI企業からどう恩恵を受けるか」 もしAI企業が社会の大部分の生産を担うようになれば、一般の人にとって重要なのは、 「AI企業に就職できるか」 ではなくなります。 むしろ、 AI企業が生み出した利益の恩恵を、自分たちの社会がどう受け取れるのか。 こちらのほうが重要になります。 例えば、 AI企業への課税国家によるAIインフラへの出資国民ファンド社会配当ベーシックインカム負の所得税公共AIサービス生活必需品の低価格化 など、さまざまな方法が考えられるでしょう。 私は「現金を配ればいい」だけではないと思う ここは特に重要だと思っています。 AIによって生産コストが大幅に下がるのであれば、 月30万円を国民全員に配る社会 だけが答えではありません。 むしろ、 食料電気暖房通信交通住宅 など、生きるために必要なものそのものを安くする。 その結果、 少ない所得でも安心して生活できる社会を作る。 こちらのほうが現実的な可能性もあります。 AIによって豊かになったのに、生活費が高いままでは意味がありません。 AI時代の勝ち組国家とは何か 私は最終的に、AI時代の国家の強さは、 世界的なAI企業を持っているか だけでは決まらないと思います。 もっと重要なのは、 AIが生み出した富を、どれだけ国民全体へ戻せる仕組みを持っているか。 です。 AI企業が莫大な利益を生んでも、その利益がごく一部の株主だけに集中すれば、国民の生活は豊かになりません。 逆に、AI企業から得られる税収や配当、生産性向上の恩恵を社会全体へ戻すことができれば、仕事が減っても生活水準を上げられる可能性があります。 AI時代の最大の格差 これまでは、 高学歴か低学歴か。高収入か低収入か。資産家か労働者か。 という格差が大きな問題でした。 しかしAI社会が本格化すると、さらに大きな格差が生まれる可能性があります。 それは、 AIという生産手段を所有し、その利益を受け取れる側と、そこから切り離される側の格差 です。 AI時代の本当の問題は、AIに仕事を奪われることだけではないのかもしれません。 AIによって人類全体の生産力が何倍にも増えたとき、 その豊かさを誰が持つのか。誰に分配するのか。国家がどこまで国民へ取り戻せるのか。 こちらのほうが、はるかに大きな問題になる可能性があります。 私は最終的に、AI時代の国家間競争は、 技術競争の次に「分配制度の競争」へ移っていく のではないかと思っています。 そして今のビッグテックの成長と集中を見る限り、その流れは遠い未来の話ではなく、すでに少しずつ始まっているように感じます。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 件 ①②AI時代、仕事はこう変わる──2027〜2031年、雇用・賃金・「人間に残る仕事」を考える2027〜2031年はこう変わるかもしれない ③AI時代、仕事はこう変わる──2027〜2031年、雇用・賃金・「人間に残る仕事」を考える ④AI時代、仕事はこう変わる──2027〜2031年、雇用・賃金・「人間に残る仕事」を考える ⑤AI時代、仕事はこう変わる──2027〜2031年、雇用・賃金・「人間に残る仕事」を考える ⑥「AIが仕事を奪った、その先──最後に世界を支配するのは『AI企業』なのか?」最後に問われる『富の分配』 ⑦「AI・AGIで国は豊かになる。でも国民は貧しくなる?──高い確率で起きる可能性がある未来、『富の分配』を深掘りする」
- 本日、「後藤友亮AI」が完成しました!――自分の35年間の経験を答えるAIへ
本日、ついに「後藤友亮AI」が完成しました。 まだ最初のβ版ですが、私がこれまで経験してきたことをもとに、質問へ回答するAIが、実際にホームページ上で動くようになりました。 ここまで来るのに、1人ほぼ丸2日かかりました。 最初は「自分の経験を答えるAI」をつくれるのかという実験だった 今回つくったのは、インターネット上の一般的な情報だけを答えるAIではありません。 私自身が実際に経験してきたことを整理し、その内容をもとに回答する「後藤友亮AI」です。 私は19歳で起業し、食品販売、イベント、運送、建設、足場、リフォーム、運転代行、農業、太陽光発電、海外事業など、さまざまな仕事を経験してきました。 そのほかにも、税務調査、会社経営からの引退、古民家での生活、旧車の修理、モンゴルでの法人設立、銀行口座の開設、マンション購入やリフォームなど、普通のインターネット検索だけでは分からない実体験があります。 これらの経験をAIに整理して覚えさせれば、私が一人ひとりに説明しなくても、AIが代わりに答えられるのではないか。 そこから今回の実験が始まりました。 最初のテーマは「モンゴルの実体験」 今回は、まずモンゴルに関する私の実体験を中心に、β版をつくりました。 この2日間で行ったのは、主に次のような作業です。 私が書いてきたモンゴル関連記事を整理する マンション購入やリフォームの実体験をまとめる 現地法人や銀行口座、公証手続きの経験を整理する モンゴルの物価、生活費、税金、管理費などを登録する 日本とモンゴルの違いをテーマ別に分ける 元の記事へ戻れるよう、記事のURLも整理する AIがどのような立場で回答するのかを決める 実際に質問し、正しく回答できるか何度も確認する 最初の知識データをつくったあと、回答を試しながら内容を修正し、第2版へ更新しました。 最終的には、モンゴル不動産、リフォーム、公証手続き、銀行口座、生活費、物価、投資リスクなど、少なくとも16前後のテーマを登録しています。 最も重要だったのは、AIの「回答ルール」 自分の情報を入れただけでは、信頼できるAIにはなりません。 そこで、後藤友亮AIには、いくつかの重要なルールを設定しました。 まず、AIが私本人になりきらないことです。 あくまで「後藤友亮の公開記事や実体験をもとに回答するAI」であり、私本人と直接話しているような誤解を与えないようにしました。 また、回答するときには、 後藤友亮本人の実体験 確認できる事実 AIによる分析や推測 この3つを、できるだけ混同しないようにしました。 さらに、不動産や投資などの重要な判断については、良い話だけではなく、反対意見やリスクも伝えるようにしています。 将来の価格や社会情勢など、確実には分からない質問に対しては、断定せず、どの程度の確信があるのかも示すようにしました。 最初の回答はなるべく簡潔にし、詳しく知りたい人には、そのあと深く説明する仕組みにしています。 保存と公開を何度も繰り返した 実際の作業は、思っていた以上に地道なものでした。 項目を一つ入力して保存し、公開する。 実際に質問して回答を確認する。 おかしな部分があれば、再び設定画面へ戻って修正する。 そして、また保存して公開する。 この作業を何度も繰り返しました。 ホームページ上の質問欄や回答欄についても、文字や枠が一体化していて、文字だけを消そうとすると枠まで消えてしまうなど、簡単にはいかない部分がありました。 見た目を調整し、実際に質問を入力し、回答が表示されたときには、ようやく仕組みがつながったと実感しました。 表から見れば、小さな質問欄が一つ増えただけです。 しかし、その裏側では、知識の整理、回答ルールの設定、データの登録、表示の調整、回答テストなど、かなり多くの作業が必要でした。 やっていることは「PC版のライン工場」だった 実際につくってみて感じたのは、この作業は、ある意味で「PC版のライン工場」だということです。 文章を整理し、決められた場所へ入力する。 保存して公開し、動作を確認する。 間違っていれば修正し、もう一度試す。 特別な才能がなければできない仕事というより、手順を理解し、根気よく続ければ、多くの人ができる作業です。 ただし、誰でもAIをつくれるようになったからといって、すべて同じAIになるわけではありません。 AIの中に入れる「本人の経験」は、人によってまったく違います。 35年間の経営経験、実際の失敗、海外での手続き、現地でお金を使って初めて分かったことなどは、AIが勝手につくれるものではありません。 AIをつくる技術よりも、その中へ入れる本人の実体験のほうが、これからは重要になるのかもしれません。 AIによって、デスクワークは一時的に増えるかもしれない 今回の経験から、もう一つ気づいたことがあります。 AIが進化すれば事務職は減るといわれています。 私も長期的には、多くの事務作業がAIへ置き換わると思っています。 しかし、その前の段階では、逆に新しいデスクワークが一時的に増える可能性があります。 企業には、これまで社内に蓄積してきた知識や経験があります。 それを整理し、AIへ登録し、回答ルールを決め、実際の業務で使える仕組みに変える作業が必要になるからです。 今後は、単なる事務職というよりも、 「AIと一緒に、会社の競争力を高める仕組みをつくる仕事」 が増えるのではないでしょうか。 同じ業種でも、AIを使って経験や情報を活用できる企業と、何もしない企業では、数年後に大きな差が出ると思います。 完成ではなく、今日がスタート 「後藤友亮AI」は、本日、ひとまず動く状態まで完成しました。 しかし、本当の意味では、まだ完成ではありません。 現在はモンゴル関連の実体験が中心ですが、今後は、 35年間の経営経験 税務調査で経験したこと 太陽光発電所の運営 古民家の管理とDIY 車や機械の修理 日本の制度や中小企業経営 AI時代の仕事と生き方 など、私が実際に経験してきた内容を追加していく予定です。 質問を受けることで、足りない情報や分かりにくい回答も見えてきます。 そのたびに内容を加え、修正し、少しずつ私の経験を正確に伝えられるAIへ育てていきたいと思います。 この2日間は、正直に言えば、かなり大変な作業でした。 しかし、自分の人生で経験してきたことを、AIを通じて誰かの判断に役立てられる可能性を感じました。 これまでは、私の経験を伝えるためには、私自身が時間を使って説明する必要がありました。 これからは、私が寝ている間でも、後藤友亮AIが私の記事や実体験をもとに、誰かの質問へ答えてくれます。 これは単なるチャット機能ではありません。 私が35年間かけて蓄積してきた経験を、次の時代へ残すための新しい入り口だと思っています。 本日、後藤友亮AIが完成しました。 そして今日から、「自分の経験をAIに残す」という新しい実験が始まります。 協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE 静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/












