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来年は、自分が食べる分くらいのお米を作るために、田んぼにもチャレンジしてみようと思います。2026年6月2日
ありがたいことに、近所の農家さんが、苗だけでなく、田植え機や乾燥機まで、すべて無料で用意してくださることになりました。 自分の機械を使うのは所有しているトラクターだけです。 これだけ条件を整えてもらえるなら、やらない理由がありません。 山の畑に続いて、今度は自分の米づくり。 また一つ、自然の中で生きる力を学べそうです。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


新聞マルチを試してみた経過として、個人的にはかなりおすすめです。2026年5月21日
もちろん草は多少生えてきます。 ビニールマルチのように完全に抑えることはできませんが、手で簡単にむしれる程度なので、管理はかなり楽です。 さらに良いと感じるのは、土や微生物にやさしいところです。 土が極端に乾きにくくなり、新聞紙も自然に分解されていくようなので、畑全体に良い感じがします。 実際、作物の育ち方も自然で力強い印象があります。 完璧に草を止める方法ではありませんが、「土を守りながら、土を育てる」という意味では、とても相性の良い方法だと思います

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


ずっと欲しかったデザインの薪ストーブ用の煙突が、ようやく無事に届きました。2026年5月21日
長い間欠品していたものなので、届いただけでも一安心です。しかも値段は据え置きのまま。 最近は、他に頼んだ物も販売元の都合でキャンセルになることが増えていて、感覚的には半分くらいの確率で予定通りに届かないこともあります。 だからこそ、今は「物があるだけでありがたい」と感じます。 これで何とか冬には間に合いそうです。 しかし最近、本当に何もかもが少しずつ品薄になってきているように感じます。物が今までの価格で普通に手に入る時代も、当たり前ではなくなってきたのかもしれません。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


山を所有してわかったリアルなメリット5選2026年3月7日
浜松市天竜区の山を持ってみて初めて分かったことがあります。 世間では「山は価値がない」「負動産」と言われることもありますが、実際には意外なメリットもあります。 私のリアルなメリットを紹介します。 1.5年経ちましたが今のところデメリットはありません。 ① 電柱の家賃が入る 山の中には電力会社や通信会社の電柱が立っていることがあります。 土地使用料として、いわゆる「電柱の家賃」が毎年支払われます。 私の山の場合、年間約3万円ほどの収入があります。 ② 木の伐採でも収入になる 電線の近くの木が伸びてくると、安全のため各自の会社が伐採を行います。 その際、土地所有者に立木補償や作業協力費が支払われることがあります。 今年はこの伐採で約6万円弱の収入がありました。 ③ 自然の恵みがある 山には飲み水(山水)椎茸や山菜など、自然の恵みがあります。 季節ごとに違う楽しみがあり、食べ物としても価値があります。 ④ 誰にも邪魔されない空間がある 自分の山があると、自然の中で静かな時間を過ごす場所ができます。 都会では得られない、贅沢な時間です。 ⑤ 将来の使い方

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


【ずっと買っていた榊が、山にあった話】2026年2月21日
自身の山にはたくさんの木がありますが、何の木かほとんど分かりません。 以前から、その中に榊があればいいのにと思っていました。神棚用に、いつもスーパーで買っていたからです。 向かいのおばさんに聞いてみると、「あそこにあるよ」と特徴も含めて教えてくれました。榊くよく似た木も多く、私には見分けがつきません。 これで、今後は買わなくてもよくなり助かりました。 また、今日は、向かいのおばちゃんが自家製のチーズケーキを届けてくれました。 別の左お隣のおじさんも本当に親切で、相談にいくと難しい木材の加工まで快く手伝ってくれます。 田舎の暮らしは人の温かさに触れられることが、何よりの豊かさだと感じています。

後藤 友亮
7月19日読了時間: 1分


戦争がなくならない理由は、地球が学校だからだ「地球は学校である」という仮説8章因果応報は体験でしか理解できないあるとき、子どもがこう言いました。2026年1月25日
「これらのことは、残念ながら 因果応報を今世のうちに一通り体験できた人にしか、 本当の意味では理解できないと思う」 その言葉を聞いたとき、 私は強く頷きました。 因果応報は概念ではなく、 体験そのもの だからです。 早く気づく者ほど、 試験は早く、何度も訪れる。 そして、 それを一通り体験し終えた者だけが、 この世界の仕組みに気づいていく。 子どものその一言は、 この「地球は学校である」という仮説に、 私が最後に求めていた 実感としての裏付け を与えてくれたように感じています。 9章 「因果応報という成績表」 そして私は、因果応報というものを、 単なる「罰」や「報い」だとは考えていません。 それはむしろ、この地球と言う学校における 成績表の返却のようなものではないでしょうか。 自分が何を選び、何を行い、 どんな意図で人と関わったのか。 その結果が、時間差をもって必ず返ってくる。 素直に受け入れれば今世のうちに返ってくる場合もあれば、単んたる良い出来ごとや悪い出来ごとと受け入れなければ、更に大きな形で再試験となる また、受け入れない人は、次の人生へ

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分
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