戦争がなくならない理由は、地球が学校だからだ「地球は学校である」という仮説8章因果応報は体験でしか理解できないあるとき、子どもがこう言いました。2026年1月25日
- 後藤 友亮

- 7月19日
- 読了時間: 2分
更新日:7月27日
「これらのことは、残念ながら
因果応報を今世のうちに一通り体験できた人にしか、
本当の意味では理解できないと思う」
その言葉を聞いたとき、
私は強く頷きました。
因果応報は概念ではなく、
体験そのもの だからです。
早く気づく者ほど、
試験は早く、何度も訪れる。
そして、
それを一通り体験し終えた者だけが、
この世界の仕組みに気づいていく。
子どものその一言は、
この「地球は学校である」という仮説に、
私が最後に求めていた
実感としての裏付け を与えてくれたように感じています。
9章 「因果応報という成績表」
そして私は、因果応報というものを、
単なる「罰」や「報い」だとは考えていません。
それはむしろ、この地球と言う学校における
成績表の返却のようなものではないでしょうか。
自分が何を選び、何を行い、
どんな意図で人と関わったのか。
その結果が、時間差をもって必ず返ってくる。
素直に受け入れれば今世のうちに返ってくる場合もあれば、単んたる良い出来ごとや悪い出来ごとと受け入れなければ、更に大きな形で再試験となる
また、受け入れない人は、次の人生へと持ち越されることもある。
人はそれを、輪廻転生と呼んできたのだと思います。
もし地球が魂の学校であるなら、
一度の人生で学びきれない者が、
再びこの地球に戻ってくることは、
ごく自然な仕組みです。
ただ、私自身を振り返ると、
不思議なことに、これまでの因果の多くは
すべて今世のうちに返ってきたと感じています。
良いことも、そうでなかったことも含めて、
早めに採点され、早めに突きつけられた。
それはある意味、因果に恵まれた立場だったのかもしれません。
輪廻転生とは、救済でも罰でもなく、
未修了者のための再履修制度なのかもしれません。





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