日本には1京円近い金融資産がある。それでも円が売られ続ける理由――日本企業の視点はすでに「ワンワールド」
更新日:9月5日


日本は借金ばかりで、お金のない国のように語られることがあります。
しかし、2024年4月5日の衆議院財務金融委員会で、財務省が答弁した数字を見ると、まったく違う日本の姿が見えてきます。
家計の金融資産 2,141兆円
国内全体の金融資産 9,704兆円
対外純資産 418.6兆円
外貨準備 約189.7兆円
経常収支 20.6兆円の黒字
国内全体の金融資産は、ほぼ1京円です。
これだけの資産を持ち、経常収支も黒字であるなら、普通に考えれば円は強くなりそうです。
それにもかかわらず、なぜ円は売られ続けるのでしょうか。
調べていくと、その理由は単なる国の借金ではなく、企業や投資家のお金が国境を越えて動く「市場原理」にあることが見えてきます。
1京円は、日本政府が自由に使えるお金ではない
最初に理解しておかなければならないのは、9,704兆円という数字の意味です。
これは、日本政府が持っている預金や、すぐに使える現金ではありません。
家計、企業、銀行、保険会社、年金基金、政府など、日本国内の全部門が持つ金融資産を合計した数字です。
また、金融資産には必ず相手側があります。
例えば、銀行預金は家計にとって資産ですが、銀行にとっては返済する義務のある負債です。
国債も、それを保有する銀行や個人には資産ですが、政府には負債です。
株式も、投資家には資産ですが、企業側から見れば資金を出してもらった証しです。
したがって、9,704兆円という数字には、国内の取引による重複が含まれています。
「日本政府が1京円を自由に使える」という意味ではありません。
それでも、日本国内に莫大な資金が存在していることは事実です。
日本が本当にお金のない国なら、これほど大きな家計金融資産や海外資産を持つことはできません。
日本は海外にも莫大な資産を持っている
国会答弁で示された対外純資産418.6兆円は、2022年末の数字です。
その後も日本の海外資産は増え、2025年末には、
対外資産 約1,806兆円
対外負債 約1,244兆円
対外純資産 約562兆円
となりました。
対外純資産とは、日本の企業、政府、金融機関、個人などが海外に持つ資産から、外国側が日本に持つ資産を差し引いた金額です。
つまり、日本は国全体として見れば、海外からお金を借りる側ではなく、海外に多くの資産を持つ債権国です。
ただし、ここにも重要な点があります。
対外資産のすべてを日本政府が自由に売却できるわけではありません。
海外工場、海外子会社、外国株、外国債券、海外への融資など、その多くは企業や金融機関などが保有しています。
日本全体では豊かでも、政府、企業、家計の財布は別なのです。
資産の「残高」と、為替を動かす「流れ」は違う
円相場を考えるとき、最も重要なのはここだと思います。
対外純資産は、長年かけて積み上げてきた資産の「残高」です。
一方、為替相場を動かすのは、その瞬間に市場で起きている円売りと円買いという「流れ」です。
日本にどれだけ海外資産があっても、現在の市場で円を売る人の方が多ければ、円は下がります。
反対に、海外資産がそれほど多くなくても、その国の通貨を買いたい人が増えれば、通貨は上がります。
つまり、
国がどれだけ資産を持っているか
だけではなく、
今、世界のお金がどちらへ動いているか
によって為替は決まります。
企業はお金を寝かせておけない
企業は、手元にあるお金をそのまま寝かせておくわけにはいきません。
設備投資、新しい事業、企業買収、研究開発、金融商品の購入などに使い、将来の利益を生み出す必要があります。
もし日本国内よりも海外の方が成長性や利益率が高ければ、企業が海外へ投資するのは当然です。
日本国内では、
人口が減少している
国内市場の大幅な拡大を期待しにくい
人手不足が進んでいる
税金や社会保険料の負担が重い
規制や行政手続きが複雑
エネルギー価格が高い
新しい事業への投資機会が限られている
といった問題があります。
一方、海外には、人口が増え、所得が上がり、住宅、道路、工場、通信、金融、消費市場などが急速に拡大している国があります。
そのような国では、日本では考えられないほど高い成長率や投資利回りを期待できる場合があります。
企業が成長する市場へ向かうのは、愛国心がないからではありません。
企業として生き残り、利益を上げるための合理的な判断です。
企業の視点は「日本」ではなく「ワンワールド」
かつては、日本企業が日本国内で生産し、日本人を雇い、日本国内で商品を販売することが一般的でした。
しかし、現在の企業経営は国単位ではありません。
本社が日本にあっても、
資金調達は米国
生産はアジア
開発は欧州
販売は世界各国
利益の再投資先は成長国
ということが普通に行われています。
企業は、
「日本のために、国内でお金を使うべきか」
ではなく、
世界のどこで資金を使えば、最も成長し、最も利益を生み出せるのか
という基準で判断します。
国には国境がありますが、お金には、ほとんど国境がありません。
企業の考え方はすでにグローバルであり、その視点は世界全体を一つの経済圏として見る「ワンワールド」になっています。
日本企業であっても、日本は世界中にある投資先の一つにすぎません。
海外より日本の方が不利なら、企業のお金は海外へ向かいます。
これは企業の責任というより、日本も世界中の投資先と比較される時代になったということです。
日本から海外へ向かう投資が円売りにつながる
日本企業が海外に工場を建設したり、海外企業を買収したりする場合、一般的には外貨が必要になります。
そのため、円を売ってドルなどを買う取引が発生すれば、円安要因になります。
2025年の国際収支では、日本から海外への直接投資による資産増加は約32.8兆円でした。
一方、海外から日本への直接投資による負債増加は約7.2兆円でした。
単純比較には注意が必要ですが、日本から海外へ向かう直接投資の方がはるかに大きいことが分かります。
これに加えて、金融機関や投資家による外国債券の購入、個人による米国株や海外投資信託の購入などもあります。
ただし、すべての海外投資が、その瞬間の円売りになるわけではありません。
すでに海外で保有している外貨を使う場合や、海外で資金調達する場合、為替ヘッジをする場合には、円相場への直接的な影響は小さくなります。
それでも長期的には、日本の資金が海外へ向かい、海外で蓄積される構造が続いていることは確かです。
経常収支が黒字でも、円が買われるとは限らない
日本は経常収支が黒字だから、本来なら円高になるはずだと考えられます。
しかし、現在の経常黒字の中心は、かつてのような輸出による貿易黒字だけではありません。
海外子会社からの配当、外国株や外国債券の利子などによる第一次所得収支の黒字が大きな割合を占めています。
2025年の第一次所得収支は、約41.6兆円の黒字でした。
ところが、海外子会社が稼いだ利益のすべてが、日本へ送金されるわけではありません。
現地で稼いだ利益を、そのまま現地の工場建設や事業拡大に使うことがあります。
国際収支統計では、このような利益も「再投資収益」として日本の所得に計上されます。
しかし、実際には外貨を円へ交換していないため、円買いは発生しません。
つまり、
統計上は日本の黒字でも、為替市場では円が買われていない
ということが起こります。
これが、「経常黒字なのに円安」という現象を理解する重要な部分です。
円安が海外資産の円換算額を増やしている
日本の海外資産が増えている理由には、実際の海外投資だけでなく、円安による評価額の増加もあります。
例えば、海外に1億ドルの資産がある場合、
1ドル100円なら100億円
1ドル160円なら160億円
と評価されます。
海外資産そのものが増えていなくても、円が安くなるだけで、円換算した資産額は増えます。
そのため、
対外純資産が増えたから円が強い
とは限りません。
反対に、円安によって対外純資産の円換算額が膨らんでいる面もあります。
日本銀行も、円安が第一次所得収支の円換算額を押し上げる要因になっていると説明しています。
円安で利益を得る側と、苦しくなる側
円安は、日本全体に同じ影響を与えるわけではありません。
海外に工場、子会社、株式、債券などを持つ企業や投資家にとっては、海外利益の円換算額が増えます。
一方で、海外資産をほとんど持たない家計は、輸入物価の上昇による影響を強く受けます。
ガソリン
電気やガス
食料品
原材料
医薬品
海外のソフトウェアやデジタルサービス
などの価格が上がるからです。
つまり、円安になるほど、
海外資産を持つ側には利益が生まれ、円の預金や給料を中心に生活する側には負担が増える
という差が生まれやすくなります。
日本全体では海外資産が増えて豊かに見えても、その利益が国民全体へ均等に届くわけではありません。
ここに、「日本は豊かな国なのに、生活は豊かに感じられない」という矛盾があります。
短期的に円安へ効くのは利上げ
円を買ってもらうには、
「円を持つ方が有利だ」
と思わせる必要があります。
短期的に最も直接的な方法の一つが、日銀による利上げです。
円の金利が低く、海外の金利が高ければ、投資家は低金利の円を売り、高金利の通貨や資産を買います。
日本と海外の金利差が縮まれば、この円売りを弱める効果が期待できます。
ただし、利上げをすれば必ず円高になるわけではありません。
市場がすでに利上げを予想していれば、実際に利上げしても円が上がらないことがあります。
また、日本経済の成長力や財政への不安が強まれば、金利が上がっても円が買われない可能性があります。
さらに、利上げには副作用があります。
住宅ローンの返済負担が増える
企業の借入金利が上がる
中小企業の資金繰りが厳しくなる
国債の利払い費が増える
設備投資や消費が弱くなる
景気が悪化する可能性がある
日本は長い間、低金利を前提として国、企業、家計の仕組みをつくってきました。
そのため、急激に金利を上げることは簡単ではありません。
為替介入だけでも流れは変えられない
日本政府は巨額の外貨準備を持っているため、ドルを売って円を買う為替介入ができます。
介入によって、急激な円安を一時的に止めることは可能です。
しかし、海外との金利差や企業の海外投資など、円が売られる根本原因が残っていれば、介入後に再び円安へ戻る可能性があります。
外貨準備にも限りがあります。
大規模な介入を続ければ、市場から「日本は円安を止めるために外貨準備を減らしている」と見られ、逆に投機的な円売りを招く可能性もあります。
為替介入は急激な動きを抑えるための手段であり、日本の投資環境そのものを変える政策ではありません。
本当に必要なのは、日本でお金を使う理由をつくること
企業に対して、
「日本企業なのだから、日本国内へ投資してください」
と求めるだけでは、お金は戻ってきません。
企業は世界中の投資先を比較しています。
したがって、日本は世界の中で、
日本でお金を使う方が有利だ
と思われる環境をつくらなければなりません。
具体的には、
国内設備投資への分かりやすい税制優遇
成長産業への長期的で一貫した政策
安定したエネルギー供給と価格の引下げ
規制や行政手続きの簡素化
税制や社会保険制度の予見可能性
海外から人材、技術、資金を受け入れる環境
海外利益を日本へ戻しやすくする制度
円預金や円建て資産の利回り改善
日本国内で新しい企業が成長できる環境
将来不安を減らし、家計のお金が消費や投資へ回る仕組み
などが必要になります。
円安を止めるというより、
円を売らない方が有利で、円を買った方が利益になる国
をつくる必要があるのです。
日本は資産がないのではなく、国内で回せていない
日本には、今も莫大な家計金融資産と海外資産があります。
決して、すぐに外貨がなくなって破綻するような国ではありません。
しかし、日本国内に投資する魅力が低ければ、その資産は海外へ向かいます。
企業も個人も、自分のお金を守り、増やすために合理的な判断をします。
日本国内の預金金利が低く、海外の方が成長性や利回りが高ければ、海外へ資金を移すのは自然な行動です。
問題は、企業や個人が海外へ投資することではありません。
世界を一つの市場として動くお金に対して、日本が選ばれるだけの条件を示せていないことです。
円安問題の本当の結論
現在の円安は、日本が単純に貧しくなったから起きているわけではありません。
日本には巨額の資産があります。
しかし、そのお金を所有しているのは政府だけではなく、企業、金融機関、年金基金、家計などです。
そして、それぞれが自分にとって最も有利な場所へ資金を動かします。
企業の視点はすでに日本国内ではなく、世界全体を一つの市場として見る「ワンワールド」です。
したがって、円を本当の意味で強くするには、
利上げによって「円を持つ意味」をつくり、国内成長によって「円を使う意味」をつくる
この両方が必要です。
日本はお金がない国ではありません。
巨額のお金を持ちながら、そのお金を国内で十分に回す理由をつくれていない国なのだと思います。
世界が一つの市場になった現在、日本企業に国内投資を求めるだけでは解決しません。
日本自身が、世界中にある投資先の中から選ばれる国になる必要があります。
【参考資料】
協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/





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