「昭和の55歳定年が現実的だった理由」
- 後藤 友亮

- 7月19日
- 読了時間: 3分
更新日:7月28日
55歳から60歳くらいは、人の心身ともに一気に弱くなり始める時期なんだと分かりました。
自分は病気があるわけではありません。
でも、少しずつ、確実に衰えは出てきました。
自分の場合、55歳で白髪と老眼が始まりました。
57歳になると少し遠視も加わり、気づけば頭は白髪だらけです。
一年半ほど前からは、気にならない程度ですが耳鳴りも出てきました。
特に目は、少し前まで視力2.0だったせいか、本当に不便でなりません。
約2週間前から朝マラソンを始めてみて、正直かなり驚きました。
思っていた以上に体力が落ちていて、「ああ、これが現実か」とはっきり分かりました。
ただ一方で、朝の有酸素運動はやった分だけ体が反応します。
頭が冴えて、1日がまったく別物になる。
年を取ったからこそ、効果が分かりやすいのかもしれません。
こうして考えると、50歳を過ぎたら大事なのは、
心身ともに、負担をかけない暮らし方を選ぶこと。
それが、これから先を生きる一番の条件だと思います。
そこで思い出したのが、昔の定年の時期です。
日本では、かつて定年は55歳前後が一般的でした。
今思えば、あれは体が本格的に衰え始める時期を前提にした、かなり現実的な区切りだったのではないでしょうか。
結論から言えば、仕事が趣味なら続ければいい。
でも、そうでないなら、この年代からはマイペースで、本当に好きなことや趣味を楽しむ時期だと思います。
定年をどんどん伸ばすという考え方は、正直、体の現実を無視しています。
せめて最後くらいは、少し早めに肩の力を抜いて、自分の時間を生きられる環境をつくること。
そんな政策をつくるのも、本来は政府や政治家の大事な役目だと思いました。
私自身、たまたまそうした節目の時期に恵まれ、自分の中にずっと隠れていた「本当の楽しみ」に気づくことができました。
それは、経営をしている頃に思い描いていた楽しみとは、まったく違うものでした。
意外にも、一番の楽しみは草取りや庭いじり、そして掃除や修理だったのです。
土や物に触れ、黙々と手を動かし、目の前が少しずつ整っていく。
それだけのことなのに、不思議と気持ちが落ち着き、満たされていきます。
振り返ってみれば、私は長い間、物質的な豊かさに惑わされていたのかもしれません。
何かを「得る」ことよりも、
今ある環境を整え、静かに向き合うことの方が、ずっと贅沢でした。
ようやくそのことに気づけた今は、
この時間そのものが、何よりの豊かさだと感じています。
そう考えると、
自分にとっての「本当の豊かさ」に気づくためにも、55歳という定年は必要な区切りだった。
今は、そんなふうに感じています。





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