コロナ融資やゼロ金利が生んだ、借金で縛る社会2026年4月10日
- 後藤 友亮

- 7月20日
- 読了時間: 3分
更新日:7月26日
経営者を引退して、見えてきたことがあります。日本の中小企業を見ていると、どうしても思うことがあります。
多くの会社は、人件費、借入返済、社会保険料、設備費、税負担といった重い固定費を抱えながら、必死に回してようやく数%の利益を残しているのが現実です。中小企業白書でも、中小企業は売上高こそ回復傾向にある一方で、経常利益は大企業ほど伸びていないことが示されています。
そう考えると、その事業のために使っている資金や労力、神経を…….、もし日本以外の海外の金利商品や投資に回していたら、….:::、何もしなくても同等、あるいはそれ以上の利益が得られたのではないか。
そんな皮肉を感じる経営者は、少なくないはずです。もちろん事業には雇用を生み、地域を支え、社会に役割を果たす価値があります。ですが、利益率だけを見れば、「ここまで背負って、この程度なのか」と感じても不思議ではありません。これは私の意見ですが、公的資料が示す低収益構造を見ると、そう感じる土台は十分あると思います。
そして、その背景に長くあったのがゼロ金利政策です。日本銀行は1999年にゼロ金利政策を導入し、その後も長期にわたり超低金利環境を続けてきました。借りやすさは確かに生まれました。住宅ローンは“家賃並み”で組めるようになり、企業も資金を借りやすくなった。けれどその一方で、家計も企業も、借金を前提にしなければ成り立ちにくい社会構造が固定化されていったように見えます。
実際、日本銀行の2025年4月の金融システムレポートでも、若年層では年収に対する年間返済額比率が相対的に高い傾向の中で、住宅ローン保有世帯が増えていると示されています。日銀は直ちに危険だとは言っていませんが、景気後退や住宅価格下落が重なる場合には状況が変わり得るとも述べています。つまり、低金利は“やさしい支援策”に見えながら、実際には人々を長期債務に強く結びつける仕組みでもあった、という見方も成り立つわけです。
企業も同じです。
低金利によって救われた面はあっても、その反面、本来なら再編や撤退の判断が必要だった事業まで借入で延命し、結果として、低利益のまま走り続けるしかない会社を増やした側面もあるように見えます。資金調達がしやすいことと、企業が本当に自由になることは、まったく別の話だったということです。これは政策の公式説明ではなく、現実を見た上での批判的な解釈です。
だから私は、ゼロ金利政策は単なる景気対策ではなく、結果として国民と企業を借金に慣れさせ、債務を背負ったまま働き続けることを当たり前にした政策だったのではないかと感じます。
言葉をさらに強くするなら、ゼロ金利政策の本丸は救済ではなく、“借金という鎖で人を縛る構造づくり”だったのかもしれません。
つまり、住宅ローンが家賃並みで組める社会とは、見方を変えれば、国民の足に重い錘を付ける社会でもある。企業もまた同じです。
そしてその意味では、ゼロ金利政策は、ある種の“奴隷政策”だったのではないか――。
これは断定ではなく、今の日本の構造を見たときに浮かぶ、強い問題提起です。





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