top of page
検索


④人生は「魂を成長させるゲーム」なのかもしれない
ここまで「地球は学校である」という仮説を考えてくると、もう一つの考えが浮かんできます。 もしかすると人生とは、魂が成長するためにつくられた、一種のゲームのようなものではないか。 もちろん、ここでいう「ゲーム」とは、人生を遊びや娯楽として軽く考えるという意味ではありません。 ゲームには、いくつものステージがあり、課題があり、制限時間があります。 そして一つの課題を乗り越えると、また次の課題が現れます。 人生にも、どこか似たところがあります。 クリアできなかった課題は、形を変えて再び現れる 人生を振り返ってみると、不思議なことがあります。 場所も違う。 相手も違う。 年齢も違う。 それなのに、なぜか以前と同じような問題にぶつかることがあります。 人間関係で同じ失敗を繰り返したり、お金の問題を繰り返したり、仕事を変えても同じような壁にぶつかったりする。 もし人生が魂を成長させるための学校だとすれば、これはまだ理解できていない課題が、形を変えてもう一度出されていると考えることもできます。 一度気づけば、次へ進む。 気づかなければ、また似た問題が現れる。.

後藤 友亮
7月17日読了時間: 6分


14歳で幸運のスイッチが切れた──自分の人生を振り返って感じる『運命』の不思議
若い頃の私は、人生とは自分の努力で切り開いていくものだと思っていました。 何かを手に入れたければ努力する。 失敗したら、もっと努力する。 経営をしていた頃も、基本的にはそう考えていました。 しかし、長く生きて自分の人生を振り返るようになると、それだけでは説明できないことがあまりにも多いと感じるようになりました。 努力してもうまくいかないことがある一方で、自分でも想像していなかった方向から突然道が開くこともある。 欲しいと思っていたものが、何年も経って思いがけない形で手に入ることもありました。 逆に「これが正しい」と頭で考えて無理に進めたことや、人から勧められて選んだ道ほど、なぜかうまくいかないこともありました。 そんな経験を何度も繰り返しているうちに、一つの疑問を持つようになりました。 私たちは、本当にすべてを自分の意思で選んでいるのだろうか。 自分で決めたと思っていることさえ、実はそれまでに出会った人、起きた出来事、置かれた環境などによって導かれた結果なのかもしれません。 人生には無数の選択肢があるように見えます。 しかし実際には、その時その時

後藤 友亮
7月17日読了時間: 3分
bottom of page
