「円安はコスト上昇だけではない。円安の終着点は、安く使われる国だ」2026年1月3日
- 後藤 友亮

- 7月19日
- 読了時間: 2分
更新日:7月27日
円安について改めて考えると、国民にとってはどう見てもメリットよりデメリットの方が圧倒的に大きいと感じます。
これは感情論ではなく、日本が置かれている構造そのものの問題です。
特に致命的なのは、AIとデジタル化が一気に進むこの時代での、日本が円安であることです。
AIデジタル社会では、もはや努力や頭の良さだけで勝負は決まりません。
どんな機械を使えるか、どんなツールにアクセスできるか。
その差が、成果や競争力を決定づけます。
最新のAI、半導体、工作機械、研究設備。
それらを手にした者が、結果として「優秀な頭脳」になっていく。
今は、そういう時代です。
ところが現実はどうでしょうか。
円安によって、海外製の先端機器やソフトウェアは、体感で1.5〜2倍の価格になっています。
さらに円安が続けば、3倍、5倍になっても不思議ではありません。
ただでさえ海外依存の構造なのに、本当に必要なものほど手が届かなくなっている。
これはもはや「不利」ではなく、明確なハンディキャップです。
かつて、世界の最先端が日本製だった時代であれば、話は違ったかもしれません。
しかし今は違います。
自動運転、AI基盤、クラウド、半導体設計——
最先端の多くは海外製で、日本は完全に追いかける側に回っています。
この状況で円安が続けば、何が起きるのか。
最も影響を受けるのは、これから社会に出る日本の若者たちです。
これは能力や努力の問題ではありません。
最初から使える道具が違う。
世界と同じスタートラインにすら立てない現実が生まれてしまう。
円安は「輸出企業に有利」「観光インバウンドにプラス」と軽く語られがちです。
しかし、AI・デジタル・知識集約型の時代においては、
それは未来を前借りし、長期的な競争力を食いつぶしているだけに見えます。
このままでは日本は、
「安い通貨で、安い労働力で、安い付加価値を売る国」
へと、静かに押し込まれていくでしょう。
たしかに円安は、景気対策でも成長戦略かもしれませんが、
一方で国の競争力と、次世代の可能性を削っていく危機だと、私は強く感じています。





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