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地球は魂を育てる学校なのか――輪廻転生と因果応報について考えたこと
現実世界で起きるさまざまな出来事を見ているうちに、私の中に、新しい考えが浮かぶようになりました。 人の魂は、一度の人生だけですべてを学ぶのではなく、成熟するまで何度か生まれ変わるのではないか。 そして、次も必ず人間として生まれるとは限らないのではないか。 もちろん、これは証明できる話ではありません。 あくまで、これまでの人生経験を通して、私が感じるようになった一つの仮説です。 言葉を持たない生き物から感じること 以前から私は、ときどき動物と出会った際に、「どこかで会ったことがあるような感覚」を覚えることがありました。 そのたびに、なぜ人間には言葉があり、ほかの生き物には、人間と同じ言葉がないのだろうと考えてきました。 動物にも感情や意思があり、それぞれの方法で私たちに伝えようとしています。 しかし、その気持ちを人間の言葉で説明することはできません。 以前の私は、そこに何らかの厳しい制限があるのではないかと考えました。 もしかすると、魂は生まれる生命の形によって、それぞれ異なる環境や制限を経験するのかもしれません。 ただ、それを罰と決めつけたり、人

後藤 友亮
7月18日読了時間: 6分


出世も名誉も幻。地球上の真のミッションは別にある2025年10月24日
私は幼い頃の私は、とにかく泣き虫でした。 学年でも一番だったと記憶してます。泣き出したら最後、半日くらい止まらない。だから先生も、怒れなかったそうです。 そんな自分も、19歳から56歳まで、ずっと経営者として生きてきました。 もともと人から学ぶことが苦手な性格だったので、仕事に関しては自分で道を切り開くしかなかったのです。 ただ、経営の世界には、決めたら逃げるという選択肢がありません。トラブルが起きても、誰かに相談できるわけでもない。 だからこそ、逃げずに向き合うしかなかった。 その繰り返しの中で、いつのまにか強くなっていったんだと思います。 とはいえ、経営をしていると嫌なことも山ほどあります。 理不尽なこと、不満、裏切り、苦しみ…。 何度「もう逃げたい」と思ったことか。 でも今は思います、振り返って分かるのは、不満や苦しみというものは、結局、考え方ひとつでどうにでも変わる、ということなんです。 たとえば、一生懸命頑張って社長になったり、先生になったり。 それも実は、与えられたミッションの一つに過ぎません。 大切なのは、そのミッションの中で「正し

後藤 友亮
7月18日読了時間: 4分


⑥言葉は、魂を成長させるために与えられた「アイテム」なのか
「地球は学校である」という仮説から考えていくと、また一つ新しい疑問が浮かんできます。 なぜ人間には、これほど高度な「言葉」が与えられているのでしょうか。 動物にも、それぞれ仲間と意思を伝え合う方法があります。 しかし人間は、言葉によって目の前に存在しないものまで伝えることができます。 過去を語り、未来を想像し、愛情を伝え、知識を残し、思想や価値観まで次の世代へ受け渡すことができます。 もし「地球は魂が成長するための学校」という仮説が正しいとすれば、私はここにも意味があるように思います。 もしかすると言葉とは、魂がより多くのことを経験し、学ぶために、人間という生命体に与えられた一つの「アイテム」なのではないか。 そんな考えが浮かびました。 言葉は、人を救うことも傷つけることもできる 言葉には不思議な力があります。 たった一言で、落ち込んでいる人を救うことがあります。 誰かの言葉によって人生の方向が変わることもあります。 会ったことのない、何百年も前に生きた人の言葉から学ぶことさえできます。 しかし、その反対もあります。 言葉によって人を傷つけること

後藤 友亮
7月17日読了時間: 6分


④人生は「魂を成長させるゲーム」なのかもしれない
ここまで「地球は学校である」という仮説を考えてくると、もう一つの考えが浮かんできます。 もしかすると人生とは、魂が成長するためにつくられた、一種のゲームのようなものではないか。 もちろん、ここでいう「ゲーム」とは、人生を遊びや娯楽として軽く考えるという意味ではありません。 ゲームには、いくつものステージがあり、課題があり、制限時間があります。 そして一つの課題を乗り越えると、また次の課題が現れます。 人生にも、どこか似たところがあります。 クリアできなかった課題は、形を変えて再び現れる 人生を振り返ってみると、不思議なことがあります。 場所も違う。 相手も違う。 年齢も違う。 それなのに、なぜか以前と同じような問題にぶつかることがあります。 人間関係で同じ失敗を繰り返したり、お金の問題を繰り返したり、仕事を変えても同じような壁にぶつかったりする。 もし人生が魂を成長させるための学校だとすれば、これはまだ理解できていない課題が、形を変えてもう一度出されていると考えることもできます。 一度気づけば、次へ進む。 気づかなければ、また似た問題が現れる。.

後藤 友亮
7月17日読了時間: 6分
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