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回避されたはずのない未来
最近、あることをずっと考えて行動しています。 この世界は、本当に ただの偶然 だけで動いているのか。 それとも、何か目に見えない流れのようなものがあるのか。 もちろん、証明できる話ではありません。 ただ最近、自分の中で少し意識して試していることがあります。 ある 決まった流れ を意識して行動すると、不思議なくらい小さな良い偶然が重なることがあります。 そして、最近、どう考えても本来なら避けられなかったような大きな出来事が、なぜか回避されたように感じることもありました。 それも、一度ではなく二度。 ただし、そこに欲や執着が強くなると、目に見えて流れが崩れるようにも感じています。 単なる偶然と言われれば、それまでです。 でも、偶然にしては起きた現実がどう考えてもおかしすぎる。 なぜなら、本来なら落とし穴のように避けられなかったはずの大きな悪い流れが、まるで無理やり軌道修正されたように感じたからです。 もしかすると人生には、目に見えない流れがあって、この地球には、ある一定の意識や行動によって、少しずつ進む方向が変わっていく仕組みがあるのかもしれません。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


地球は魂を育てる学校なのか――輪廻転生と因果応報について考えたこと
現実世界で起きるさまざまな出来事を見ているうちに、私の中に、新しい考えが浮かぶようになりました。 人の魂は、一度の人生だけですべてを学ぶのではなく、成熟するまで何度か生まれ変わるのではないか。 そして、次も必ず人間として生まれるとは限らないのではないか。 もちろん、これは証明できる話ではありません。 あくまで、これまでの人生経験を通して、私が感じるようになった一つの仮説です。 言葉を持たない生き物から感じること 以前から私は、ときどき動物と出会った際に、「どこかで会ったことがあるような感覚」を覚えることがありました。 そのたびに、なぜ人間には言葉があり、ほかの生き物には、人間と同じ言葉がないのだろうと考えてきました。 動物にも感情や意思があり、それぞれの方法で私たちに伝えようとしています。 しかし、その気持ちを人間の言葉で説明することはできません。 以前の私は、そこに何らかの厳しい制限があるのではないかと考えました。 もしかすると、魂は生まれる生命の形によって、それぞれ異なる環境や制限を経験するのかもしれません。 ただ、それを罰と決めつけたり、人

後藤 友亮
7月18日読了時間: 6分


出世も名誉も幻。地球上の真のミッションは別にある2025年10月24日
私は幼い頃の私は、とにかく泣き虫でした。 学年でも一番だったと記憶してます。泣き出したら最後、半日くらい止まらない。だから先生も、怒れなかったそうです。 そんな自分も、19歳から56歳まで、ずっと経営者として生きてきました。 もともと人から学ぶことが苦手な性格だったので、仕事に関しては自分で道を切り開くしかなかったのです。 ただ、経営の世界には、決めたら逃げるという選択肢がありません。トラブルが起きても、誰かに相談できるわけでもない。 だからこそ、逃げずに向き合うしかなかった。 その繰り返しの中で、いつのまにか強くなっていったんだと思います。 とはいえ、経営をしていると嫌なことも山ほどあります。 理不尽なこと、不満、裏切り、苦しみ…。 何度「もう逃げたい」と思ったことか。 でも今は思います、振り返って分かるのは、不満や苦しみというものは、結局、考え方ひとつでどうにでも変わる、ということなんです。 たとえば、一生懸命頑張って社長になったり、先生になったり。 それも実は、与えられたミッションの一つに過ぎません。 大切なのは、そのミッションの中で「正し

後藤 友亮
7月18日読了時間: 4分


地球という魂の監獄2025年9月30日
モンゴルのシャーマンにも、私が今常に考えていることを見抜かれました。 そして、今の私がもっとも知りたいのは、「この地球という世界の秘密」です。 これまでのさまざまな体験を通して、その姿が徐々に現れてきているのを実感しています。 ただし、今わかっていることは、あくまで自分自身の中から生まれた仮説にすぎません。 「地球という魂の監獄 ― 地球・宇宙・意識の真実。(仮説)」 地球はおそらく「魂の修行場」、あるいは「監獄」のような世界である。 魂はまず人間として誕生し、成長がなければ再び肉体の記憶だけが、リセットされ人間として生まれ直す。さらに反成長を重ねた場合、動物や昆虫として「リセット」されることもある。 一方で、魂が愛や調和を学び、成長を積み重ねると、最終的に地球を卒業し、宇宙(なんらかのもう一つの世界)へ還っていく。そのとき魂(意識)は前世を含むすべての記憶を取り戻すことになる。 1. 痛みと意識の関係 • 夢の中でも痛みを感じるのは、脳が「痛みの体験」を再現しているからである。 • 脳は「工場」、意識は「舞台」にたとえられる。脳が機能を止

後藤 友亮
7月18日読了時間: 4分
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