AIと人間の関係について考えること2025年3月28日
- 後藤 友亮

- 7月17日
- 読了時間: 2分
最近、ChatGPTのようなAIツールを使っていて、ふと思うことがあります。
私は普段、文章の誤りを修正するライターの補助としてAIを活用していますが、このような革新的な技術は、まず一部の限られた層が先行して利用し、ある程度の時間を経てから一般市場に出回るものなのではないか、と考えています。
そう思いを巡らせていると、2012年のロンドンオリンピックのオープニングセレモニーが頭に浮かびました。あの演出は、後に起こるパンデミックを予見したかのような、不思議な雰囲気を持っていたようにも感じていました。AIは、人間をはるかに超える情報処理能力を持っていますが、それゆえに、私たちには完全には理解しきれない仕組みやシナリオを容易に生み出すことも可能なのかもしれません。
少し話が飛躍しますが、2019年以降、日本で展開されている政策の中には、企業や国民に対して非常に巧妙に設計されたものがあるように感じることがあります。例えば、減税ではなく増税し、補助金を与えることで、政府がより細かく管理できる仕組みを作っているようにも見えます。これは、ある種の「管理型経済」とも言えるもので、より巧妙な統制の手法が進化しているのではないかと思うことがあります。
AIが人間にとって有益な道具として活用されているうちは問題ありません。しかし、人間という存在は時に強欲に突き動かされ、戦争を起こしたり、自然界のバランスを超えた行動をとることがあります。例えば、食への欲求から動物を毎日過剰に犠牲にしてしまうことなどが挙げられます。こうした行為をAIが膨大なデータをもとに分析したとき、やはり、人間そのものをリスクとみなす未来が来ているのではないか、そんなSFのような想像が頭をよぎります。
過去のSF映画で描かれていた技術やアイデアのほとんどが、実際に現実となっているのでも事実です。
AIを人間が指示しているようで、実はすでにAIに操られ行動してAIの望む最終シナリオへ進んでいると思うことがあります。
これはあくまで私の個人的な考えに過ぎません。





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