経営を離れて気づいた―自然が教えてくれた、本当の豊かさ2025年5月19日
更新日:8月30日

仕事における人間関係、雇用管理、さまざまなトラブル、そして税務対応。
経営者だった頃は、仕事場を離れても、頭の中から不安や責任が消えることはありませんでした。
そこから離れ、自然と向き合う暮らしを始めて、気づいたことがあります。
以前なら「汚い」「面倒」と感じていた草刈りや伐採、建物の補修、土に触れる作業。
その一つひとつが、今では心を満たしてくれる、かけがえのない時間になっています。
自然の中で身体を動かしていると、疲れるはずなのに、不思議と心は落ち着いていきます。
そこには、どこか懐かしさがあります。
日本人が長い間、農耕や物づくりを通して育んできた感覚が、今も自分の中に残っているのかもしれません。
手を動かして働いていた時代
日本は、この100年ほどの間に急速な経済成長を遂げ、暮らし方も大きく変わりました。
戦後から昭和にかけては、手を動かし、身体を使い、目に見える物をつくる仕事が多くありました。
もちろん、当時の暮らしがすべて良かったわけではありません。
今より不便で、身体的にも厳しい仕事が多かったはずです。
それでも、自分が手をかけた結果が目の前に残る仕事には、人の心を満たす何かがあったように思います。
便利さと引き換えに、私たちは少しずつ、身体を動かす機会や、自然と触れ合う時間を失ってきたのかもしれません。
お金を稼げば、豊かになれると思っていた
若い頃の私は、欧米映画に出てくるような華やかな暮らしに憧れていました。
当時の私にとって成功とは、お金を稼ぎ、子供の頃の夢だった欲しい物を手に入れ、自由な生活を送ることでした。
20代後半には仕事が大きくなり、人生で最も収入の多い時期を迎えました。
子どもの頃に思い描いていた夢の多くが、現実になりました。
しかし、その頃から心の中に、別の疑問が生まれ始めました。
「これが、本当に自分の求めていた豊かさなのだろうか」
お金によって得られる安心や自由は、確かにあります。
だから、お金や便利な生活を否定するつもりはありません。
ただ、物が増え、生活が華やかになっても、それだけで心まで満たされるわけではないことを知りました。
手間のかかる暮らしで見つけたもの
現在は、自然の中で、あえて手間のかかることをしています。
草を刈り、木を切り、壊れた物を直し、できることは自分の手で行う。
効率だけを考えれば、誰かに頼んだほうが早いこともあります。
それでも、自分で考え、身体を動かし、最後までやり終えたときには、お金を使うだけでは得られない満足があります。
便利で快適な生活の裏側で、私たちはいつの間にか、自然とのつながりや、手を動かして生きる喜びを見失ってしまったのかもしれません。
本当の豊かさとは、何もせず楽に暮らすことではなく、自分の手で生活に関わり、その一日を実感しながら過ごすことではないでしょうか。
私は今、素朴で手間のかかる暮らしの中にこそ、自分が長い間探していた「人間らしい豊かさ」があるように感じています。
協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/





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