【運に導かれて気づいた感謝の心】2025年9月16日
- 後藤 友亮

- 7月18日
- 読了時間: 2分
ここで言う「運」とは金運のことではありません。
生き物すべてにそれぞれ「幸運と不運」があり、感情や記憶をもつ存在にとっては、幸運を強く感じる人ほど、その一方で不運を感じる出来事にも直面することが少なくありません。
私自身を振り返ってみると、これまで本当に数多くの「幸運」に恵まれてきたと思います。特に子供の頃は、思い描いたことがすべて現実となり、カードやくじ引きまでもが予想通りになり、周囲の人が常に助けてくれる、そんな場面が繰り返されました。けれどもそのせいで、人からの厚意を当たり前のことと感じ、感謝の気持ちを抱くことができていなかったのです。
しかし人生が進むにつれて、「幸運だ」と思える出来事が少しずつ減っていったことが、今ではむしろありがたいことだったと感じています。なぜなら、そのおかげで過去に親や友人、知り合いなど周囲の人々から受け取った厚意を、ようやく理解し、実感し、心から感謝できるようになったからです。
また、人生の歩みの中で、これまで当たり前のように受けてきた支えを、今度は自分が返していきたいという気持ちも芽生えました。そして実際にやってみると、過去にしてもらったことは思っていた以上に大変で、はるかに深い感謝をしなければならないことだと気づかされました。人は実際にその立場になってみなければ、本当の気持ちや大変さを理解することは難しいのだと、改めて身をもって知りました。
そして不思議なことに、これらの気づきや学びを、モンゴルでご縁をいただいたシャーマンはすべてを知っていました。まるで私の歩んできた道のりを映し出すかのように、内面までもを語ってくれました。その体験もまた、私にとって大切な指針となっています。
今は、かつて受け取った多くのご厚意に少しでも恩返しできることが、何よりの幸せだと感じながら生きています。





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