一台ずつ手作り、米国限定209台――速さと信頼を追求したスバルS209

前回の記事でスバルS209を紹介してから、この車にさらに興味が湧き、STI公式の開発動画を見てみました。
そこで知ったのは、性能の数字だけでは分からない、開発者たちの挑戦と葛藤、そして一台一台を仕上げる作り手のこだわりでした。速さを追い求めながら、最後までお客様の信頼を大切にする。その姿勢に、私は感動しました。
今回は、S209をさらに好きになった、その開発の物語を紹介します。
一台ずつ、匠の手で仕上げる――一日わずか二台のスバルS209
スバル エス・ツー・ゼロ・ナイン ( S209 )。2019年に米国向けに登場した、209台限定のSTIコンプリートカーです。
2.5L水平対向4気筒ターボ、最高出力341hp、6速マニュアル、AWD。車両重量の参考値は約1,581kg。専用ターボや足回り、ワイドボディ、カーボンルーフまで備えた特別な一台です。
しかし、STI公式の開発ドキュメンタリーを見て、私が惹かれたのは、その数字の背後にある物語でした。
100馬力以上も強力なライバルに、コーナリング性能で挑む。完成した試作車の性能を、熟練した作業者の手で一台ずつ再現する。そして発売前に問題が見つかれば、目標としてきたイベントへの参加を取りやめてでも品質を優先する。
S209には、速さを追求する情熱と、購入者の信頼を守ろうとする姿勢が込められていました。
464馬力のキャデラックに、コーナリングで挑む
公式動画によると、開発時に目標としたのはキャデラックATS-Vでした。米国の自動車誌が行う「Lightning Lap」で記録したタイムは2分59秒8。464馬力を持つ相手です。
S209の最高出力は341hp。その差は123hpあります。
STIが勝負をかけたのは、コーナリングでした。
タイヤ、サスペンション、車体、ブレーキ、空力を組み合わせ、ドライバーが安心して速く走れる車を作る。エンジンの力を十分に使える、車全体の仕上がりを目指したのです。
専用タイヤにも厳しい要求が出されました。
サーキットでの性能を高めながら、公道での安全性や耐摩耗性も確保する。その目標に、ダンロップの開発担当者は「できるわけないやろ」と感じたと語っています。
高温でも性能を発揮する材料の採用、タイヤのパターンや溝の配置、新しい試験機による評価。さまざまな検討を重ね、S209を支える専用タイヤが作られていきました。
プロが怖いと感じる車を、そのまま届けるわけにはいかない
ところが、開発途中の試作車に対する山内選手の評価は厳しいものでした。
タイヤのグリップは高いのに、車体が十分に生かせていない。
高速からのブレーキングではリアが不安定になり、別の高速コーナーでは曲がりにくさが出る。アクセル操作に対する反応も強すぎて、力を調整しにくい。
性能を引き出すには、まだ課題がありました。
辰巳さんたち開発陣はその指摘を受け止め、スロットル特性やフレキシブルタワーバーを見直します。さらに、トランク内にリアのフレキシブルドロースティフナーを追加し、車体の応答と高速域の安定性を改善していきました。
目指したのは、ドライバーが車を信頼し、思い切ってコーナーへ入れることです。プロの技術で何とか乗りこなせれば完成、という考えではありませんでした。
同じドライバー、同じ条件で、ATS-Vを1.2秒上回った
2018年秋、開発チームは完成した試作車を米国のバージニア・インターナショナル・レースウェイ、通称VIRへ持ち込みました。
日本から山内選手、米国からスコット氏が参加し、最終的な性能確認を行います。
そこで得られたのは、同じドライバー、同じ条件で、キャデラックATS-Vより1.2秒速いという結果でした。
これは公式動画で紹介されたSTIの社内比較テストの結果です。
雑誌の企画「Lightning Lap」本番の記録とは区別する必要があります。
それでも、100馬力以上の出力差をコーナリング性能で埋めるという挑戦に、確かな手応えを得た瞬間でした。開発陣が自信を持ったのも理解できます。
一台ずつ、匠の手で仕上げる――一日わずか二台のS209
S209は、ベースとなるWRX STIに専用の改装を施し、一台一台、熟練した作業者の手で仕上げられた車です。
製造を担った桐生工業では、選抜された作業者が、生産開始のおよそ1年前から訓練を重ねました。目指したのは、開発陣が作り上げた試作車の性能を、販売する209台すべてに再現することでした。
一台だけ優れた車を作ることと、同じ品質で繰り返し作ることには、別の難しさがあります。STIと製造現場が議論を交わし、そのための作業方法を詰めていきました。
そのこだわりは、ボルト一本の締め付けにも表れています。
動画で掲げられた方針は「無トルク公差」。許容範囲に収めるだけでなく、基準のトルク値を狙って締め付け、デジタルで測定し、チェックシートへ記録・確認していきます。これは測定誤差まで完全にゼロという意味ではなく、基準値を徹底して狙う製造方針として紹介されています。
一台の改装作業に38時間。生産できるのは、一日わずか二台。
専用部品を取り付け、それらが一台の車として狙いどおりに働くよう、人の手で丁寧に仕上げていく。その工程に、S209の価値を感じます。
私が惹かれるのは、209台という希少さだけではありません。その一台一台に、技術者の工夫と、作り手の時間が注ぎ込まれていることです。
発売前の耐久試験で、エンジンが止まった
2019年1月、S209はデトロイトのモーターショーで発表されました。
注目が集まり、発売へ向けて準備が進む中、耐久試験でエンジンの問題が発覚します。
公式動画では、長期間の使用を想定した厳しい負荷を、短期間に繰り返し与える試験だったと説明されています。そこで見つかった問題を解決するため、部品の仕様変更が必要になりました。
その結果、目標としてきたLightning Lapへの参加には間に合わなくなります。
チームが選んだのは、その年に予定していた参加の取りやめでした。
速さを証明する舞台に立ちたい。その思いは強かったはずです。しかし、もともとの目的は、米国の購入者にも高品質なSTIコンプリートカーを届けることでした。
記録への挑戦は、その実力を示す手段の一つ。購入者へ届ける品質が、最優先だったのです。
鍛造部品をやめる決断にも、車づくりの考え方が表れている
動画によると、検証の結果、問題の部品を量産のEJ25と同じ鋳造品へ戻すことで、耐久性の問題が解消され、エンジン性能にも影響がないことが確認されました。
STIの最終仕様発表でも、ピストンとコネクティングロッドを開発段階の鍛造から鋳造へ変更したこと、信頼性・耐久性の向上が目的で、性能数値への影響はないことが明記されています。
この話は、私にとって特に印象的でした。
「鍛造」「専用」「高価」といった言葉には、特別な魅力があります。
しかし、車は部品を組み合わせた全体で評価するものです。材料や製法だけで、完成車の優劣が決まるわけではありません。
S209の開発陣は、発表時に評価された仕様であっても、必要なら変更しました。
購入者が実際に使うときの信頼性を優先した。その判断に、この車を作る人たちの姿勢が表れています。
341馬力の背後にあった、人の仕事
その後、米国で開かれたメディア向け試乗会では、無理をせずに速く走れるという評価が寄せられたと、公式動画で紹介されています。
厳しい指摘を受けて改良を重ね、製造工程を磨き、耐久試験で見つかった問題も解決する。
S209は、そうした仕事の積み重ねによって購入者へ届けられました。
同条件の社内比較テストで、100馬力以上強力なライバルを上回ったこと。そして、実力を披露する予定を取りやめてでも、品質を優先したこと。
この二つを知ると、S209の見え方が変わります。
一台ずつ手作業で仕上げられた209台。その一台一台に、速さへの情熱と、お客様の信頼を守るための仕事が詰まっている。
私はこの開発物語を知って、S209をさらに魅力的な車だと感じました。
※開発経緯、社内比較テスト、製造工程については、STI公式ドキュメンタリー「Story of The S209 From Japan with Love」などの内容をもとにまとめています。諸元と最終仕様はSTI公表資料を参照しています。社内比較テストの結果は、Lightning Lap本番の記録とは異なります。
STI公式の開発動画はこちら
協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/



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