現実の経験が、一つの画像彫刻になったAIとの対話で生まれた作品

この2枚は、AIとの対話で生まれた作品です。
私自身の経験や考えを言葉で伝え、提案された表現を選び、修正しながら仕上げました。
現実の経験が、一つの彫刻になった

現実世界を表した作品では、大地やコンクリート、琥珀を思わせる素材が、大きく曲がった彫刻になっています。
その内部には、仕事場や建設現場、人々の営みがあります。
上には草原が広がり、ゲルや馬、街並みが見えます。
私には、長年の仕事や暮らしの経験が、地層のように重なった姿に見えました。
外からは一つの形に見えても、その中には、いくつもの出来事がある。
働いた時間、考えたこと、決断したこと、うまくいったこと、失敗したこと。
その積み重ねが、今の自分を形づくっているように感じます。
彫刻の前には、一人の人物が立っています。
自分が歩んできた人生を、少し離れた場所から眺めている。私には、そんな場面にも見えます。
形のない経験を、空白で表す

もう一つの作品は、透明な彫刻のような造形です。
その内側には、海や雲、曲がりくねった階段、光の差す扉が見えます。そして、透明な造形に囲まれた黒い空白が、人の横顔にも見える構成になっています。
こちらは、私が体験した出来事を、そのまま再現したものではありません。
不思議な体験や、言葉にしきれない内面の世界を、象徴的に表した作品です。
特に印象に残ったのは、何かを描き込むことで人を表すのではなく、何もない空間によって人の存在を感じさせているところでした。
目に見えるものだけでは、自分の経験のすべてを説明できない。
私には、この空白が、その感覚につながって見えました。
見る人によっては、記憶や夢、意識、まだ知らない世界への入口にも見えるかもしれません。
二つの世界を、同じ場所から眺める
2枚には、共通して、大きな造形を見つめる人物がいます。
片方には、重さのある大地や建物。もう片方には、透き通った素材や、現実には成立しない風景。
素材も雰囲気も違いますが、どちらにも金色の光が通っています。
並べて見ると、私には、現実と不思議な体験を別々に切り離すというより、両方を含めて一人の人生として眺めているように感じられます。
仕事で何を経験したのか。生活の中で何を感じたのか。説明のつかない出来事に出会い、そこから何を考えたのか。
今回の2枚は、そうした私の関心の広さを表す、対の作品になりました。
この作品がうまれるまで
それまでにも、私はAIとの対話で、仕事や経営、日本とモンゴルでの暮らし、不思議な体験、自分なりの判断や考え方を文章にしてきました。
そして今回も、画像を使う場所や、左右に表したいテーマ、後藤友亮AIを将来どのような存在にしたいのかを伝えています。
AIが過去のすべての会話を、そのまま参照しているという意味ではありません。それでも、その場で共有されていた文章や、今回のやり取りが、作品の背景になっています。
積み重ねてきた文脈があった。そのことも大きかったのだと思います。
完成形は、対話の途中で見えてきた
私は最初から、琥珀の彫刻や、空白でできた横顔を思い描いていたわけではありません。
まず画像をつくってもらい、それを見て、もう少し違う表現を求める。次の画像を見て感動し、今度は作品全体が見えるように構図を直してもらう。
そうしたやり取りの中で、完成形が見えてきました。
私が伝えたのは、細部まで決めた設計図ではなく、求める方向や、見たときに感じたことです。そこからAIが具体的な形を提案し、私が選び、さらに調整しました。
言葉が作品を変え、その作品を見たことで、次の言葉が生まれる。
今回の制作は、その繰り返しでした。
後藤友亮AIの入口に置く理由
後藤友亮AIは、私が記事に残してきた経験や判断をもとに、質問に答える仕組みとして育てています。
最終的には、仕事や暮らしの経験から、不思議な体験についての私なりの考えまで、複数の言語で伝える「分身」を目指しています。
だから、トップページにも、何を扱うAIなのかを説明するだけでなく、「この人は、どんな経験をしてきたのだろう」と感じられる作品を置きたいと思いました。
この2枚を見て、その先にある記事や、私の考え方に興味を持っていただければうれしいです。
私自身も、この作品を眺めながら、自分が積み重ねてきたものと、まだ言葉にしきれていないものの両方を見ているように感じます。
協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/





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