第2話|若い経営者の成功体験――夢は思ったより早く叶った

19歳から始まった経営者人生――全5話・第2話
25歳くらいになるころには、仕事も会社も少しずつ大きくなっていました。
そしてこのころ、子供のころからの夢だった高級車にも乗れるようになりました。
W140 AMGが、意外な形で私を助けてくれた
私は27歳くらいでW140のAMGに乗ることができました。
当時は中古でも数千万円するような車でした。
今振り返ると、この車は若く童顔だった私を意外な形で助けてくれました。
当時は今以上に、
「乗っている車で人を見る」
という時代だったと思います。
良いか悪いかは別として、高級車に乗っていることで相手の反応が変わることがありました。
そして、
「自分も後藤さんのようになりたい」
「もっと稼ぎたい」
という若い人たちも集まるようになりました。
25歳ごろからは、周囲が「やりたい」と言う仕事を一緒にやった
このころから、仕事の作り方も変わっていきました。
スタッフや周囲の若い人から、
「これを一緒にやりたい」
と言われる。
すると私は、
「じゃあ、やってみよう」
という感じでした。
職種は選びませんでした。
自分が専門家だから始めるのではありません。
誰かがやりたいと言う。
可能性がありそうならやってみる。
分からなければ調べる。
独学で覚える。
駄目なら別の方法を考える。
そんな流れだったので、結果として本当に多くの仕事を経験することになりました。
結果が出るまでは我慢する。出たら大きく返す
スタッフとの関係も、一般的な会社とは少し違っていたと思います。
新しい仕事を始めたばかりでは、売り上げは安定しません。
そのため多くのスタッフも、売り上げが安定するまでは金銭的な要求を後回しにしてくれていました。
その代わり私は、
結果が出たら、払えるだけ払う
という考えでした。
当時、大卒の初任給が18万円程度だったころに、結果を出したスタッフへ一人あたり月100万~150万円以上払ったこともあります。
ただし、
結果が出なければ払わない。結果が出れば大きく返す。
そこには、はっきりしたメリハリがありました。
今振り返ると、
会社と社員がお互いを使って稼ぎ、それぞれが自分の夢を実現する
という感覚に近かったと思います。
30歳ごろには、子供のころの夢がほぼ叶った
30歳になるころまでには、
スーパーカー。クルーザー。自分の家。
という子供のころの夢を、ほぼ実現することができました。
しかし面白いもので、一つ叶うと次が欲しくなります。
スーパーカーなら、
ランボルギーニ。
フェラーリ。
ポルシェ。
クルーザーなら、次はもっと大きなもの。
夢は、叶った瞬間に次の夢へ変わっていきました。
しかし一方で、実際に手に入れてしまうと、スーパーカーもクルーザーもそれほど使いませんでした。
欲しいものを手に入れることと、
それを持ったあとに幸せが続くことは別なのだ
ということも、後になって分かりました。
振り返ってみると、これは私にとって最初の若い経営者の成功体験だったのかもしれません。
協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/





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