第4話|もう一度やってみよう――うつ病からの再出発と、二度目の経営

19歳から始まった経営者人生――全5話・第4話
40歳くらいのころだったと思います。
うつ病であることも含め、当時の私を承知したうえで支えてくれる人が現れました。
その人の存在が、その後の人生の大きな転機になったことは間違いありません。
少しずつ、
「もう一度やってみよう」
と思えるようになりました。
うつ病からの再出発――もう一度経営を始めた
二度目は「スタッフのため」が加わった
私にとって、この時期が本当の意味での「うつ病からの再出発」だったのだと思います。
若いころの経営は、
自分の夢のため
という気持ちが中心でした。
しかし再出発してからは、
「スタッフのためにも会社を良くしたい」
という気持ちが加わりました。
自分が動けないときに会社を守ってくれた人たちがいた。
そのことを意識するようになったからです。
ただ、そこで別の現実にも気づきました。
以前の私は、
会社と社員がお互いを利用して稼ぎ、それぞれの夢を実現する
という、ある意味では割り切った経営でした。
ところが再出発後は、そこに情が入りました。
すると、以前より社員から言いたいことを言われる場面も増えたように感じました。
情を入れれば、必ず経営が良くなるわけではない。
そんなことも経験しました。
それでも、再出発した事業は再び大きくなっていきました。
55歳で引退するつもりだった
実は再出発したころから、周囲には言っていませんでしたが、
55歳を一つの引退時期
として考えていました。
その後、時代も大きく変わりました。
コロナ禍。
働き方改革。
人手不足。
働く側の価値観の変化。
そして、自分自身の価値観の変化。
私は創業当初から、
会社を使って稼ぎ、それぞれが自分の夢を実現すればいい
というスタイルでした。
しかし、それが時代に合わなくなってきたと感じました。
そして私自身も、
生活できる分だけ一人で稼げばいい。
今まで仕事のために我慢してきたことを、これからやってみたい。
そう思うようになりました。
それでも、まだ見えていなかったものがあった
二度目の経営では、スタッフのことを考えられるようになりました。
しかし今振り返ると、
家族や、それ以外の周囲の人たちの気持ちまでは、まだ見えていなかった
と思います。
自分。
会社。
スタッフ。
そこまでは見えるようになった。
しかし、そのさらに外側で自分を支えてくれていた人たちには、まだ十分に気づいていませんでした。
そして、若いころの夢はすべて叶った
二度目の経営を始めてから、事業は再び大きくなっていきました。
振り返ってみると、若いころに「いつか欲しい」と思っていたものは、この頃までにほとんどすべて手に入れることができました。
最初は小さなプレジャーボートだったものが、やがて大型クルーザーになりました。
車も同じです。
ランボルギーニ。
フェラーリ。
ポルシェ。
LB GT-R。
そのほかにも、若いころの自分なら憧れて眺めていたような車を、実際に所有することができました。
19歳のころ、
「いつかこんな生活ができたらいい」
と思い描いていた世界は、気がつけばほとんど現実になっていました。
夢は叶った。でも、そこで終わりではなかった
もちろん、手に入れた時はうれしかったです。
初めて欲しかった車を買った時。
初めて船を持った時。
さらに大きな船へ乗り換えた時。
一つ一つ、若いころの自分から見れば大きな成功だったと思います。
二度目の夢と目標も、すべて叶った
うつ病から再出発し、二度目の経営を始めてからも、私にはもう一度、夢と目標ができました。
事業は再び大きくなっていきました。
そして、若いころから欲しかったものも、最終的にはほとんどすべて手に入れることができました。
ランボルギーニ。フェラーリ。ポルシェ。GT-R。
船も、最初は小さなプレジャーボートだったものが、小型クルーザー 最終的には大型クルーザーになりました。
家もあり、会社もあり、仕事も順調でした。
しかし、私にとってもっと大きかったのは、物を手に入れたことだけではありません。
二度目の経営で自分が決めていた夢と目標そのものを達成できたことです。
それが、実際に引退する4年ほど前だったと思います。
目標を達成したら、突然気が抜けた
夢や目標を達成した瞬間は、もちろんうれしかったです。
ところが、その後、自分でも予想していなかったことが起きました。
一気に気が抜けてしまったのです。
それまで自分を前へ進ませていたものが、突然なくなってしまったような感覚でした。
これも、引退を決めた理由だった。
目標を失ってからは、
「会社をもっと大きくして、それで自分は何をしたいのだろう」
と考えるようになりました。
売上をさらに増やす。
会社をさらに大きくする。
もっとお金を稼ぐ。
もちろん、やろうと思えばまだ続けることはできたと思います。
でも、それを何のためにやるのか。
自分の中で、その答えが以前ほど見つからなくなりました。
そこで初めて、
「もう十分なのかもしれない」
と思うようになりました。
「何を手に入れるか」から「残りの時間をどう使うか」へ
19歳から、ずっと何かを追いかけてきました。
若いころは、スーパーカーや家や船。
その後は会社や仕事の目標。
そして二度目の経営でも、新しい夢と目標を追いかけました。
それらを一つずつ実現していった結果、最後に残ったのは、
「これからの人生で、何を手に入れるか」
ではなく、
「残された時間を、どう使いたいのか」
という問いでした。
考えてみれば、これが私の引退の始まりだったのかもしれません。
そして経営から離れ、57歳になった今、ようやく分かってきたことがあります。
私がここまで来られたのは、自分一人の力ではなかったということです。
55歳で引退しようと思った理由
実は再出発したころから、周囲には言っていませんでしたが、私は55歳を一つの引退時期として考えていました。
そして、その年齢が近づくころには、自分の中でもかなり答えが出ていました。
もう、何かを手に入れるためだけに会社を大きくする必要はない。
生活できるだけのお金があればいい。
これまで仕事を優先して我慢してきたことを、今度はやってみたい。
「自分の時間を取り戻したい」
という気持ちの方が強くなっていきました。
若いころの私は、
何を手に入れるか
を考えていました。
ところが、引退を考えるころには、
残された時間をどう使うか
を考えるようになっていました。
そして実際に経営の第一線から離れてみて、私はさらに大きなことに気づくことになります。
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協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
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