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「日本はこれから大変なことが起きる。だから距離をおきなさい」──モンゴルのシャーマンに告げられた日本の未来
モンゴルで出会ったシャーマンから「日本はこれから大変なことが起きる。だから距離をおきなさい」と告げられました。その言葉を予言として断定するのではなく、実際に聞いた内容と、今の日本を見ながら私自身が考えていることを記録します。

後藤 友亮
8月24日読了時間: 4分


日本の「言った者勝ち」?海外では通用しない?──日本で我慢する人ほど疲れてしまう理由
私は会社を経営していた頃から、「お客様は神様」という考え方で商売をしたことがありません。 もちろん、お金を払っていただくお客様は大切です。 しかし、だからといって理不尽な要求まで受け入れる必要はない。 私は「そこまでして稼ぎたくない」と考えていました。 今振り返ると、その姿勢を最初からはっきり示していたからなのか、私の会社にはいわゆるクレーマーのような人があまり近寄ってこなかったように思います。 会社で新しい事業所を出した時にも、こんなことがありました。 市役所に、私の会社に対する嫌がらせとも思えるような通報が何度も入るようになりました。 最初は匿名でした。 ところが、それが何度も続くうちに相手も慣れてきたのでしょう。次第に誰が通報しているのか分かるようになりました。 そこで私は、逃げたり我慢したりするのではなく、その人の家まで行って直接話をしました。 普通に話しても通じない相手だと感じていたので、こちらも「この人には下手に関わらない方がいい」と思われるくらい、あえて普通ではない態度で接しました。 すると、それまで続いていたことが収まりました。

後藤 友亮
8月11日読了時間: 3分


会社を引退してから、働き方を大きく変えました。2026年7月20日
以前は、会社として利益を追い、多くの責任を背負いながら働いていました。 しかし今は、「以前お世話になった方や、自分が好きだと思える方のために、自分ができることをする」というスタイルです。 報酬についても、「いくらいただくか」は考えていません。相手に喜んでいただき、その気持ちとしていただければ、それで十分だと思っています。 もちろん、これは生活の基盤があるからこそ選べる働き方です。 今は、お金を追いかけるよりも、人とのご縁や信頼を大切にしながら、自分の経験を誰かの役に立てたいと思っています。 不思議なことに、そうした働き方に変えてからは、お金では手に入らないものが、報酬として返ってくるようになりました。 人とのつながり、信頼、感謝の言葉、思いがけないご縁。そうしたものの価値を、以前よりもずっと大きく感じています。 結局のところ、人生は、自分も相手も気持ちよく生きることが一番だと思っています。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 経営者を引退してから、ちょうど6ヶ月 経営者を引退して、物についてわかったこと経営者を引退して、物を持つ基準が大

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


思い返してみると、今お付き合いしている業者の多くは、もう30年以上の関係になります。
これだけ長く付き合っていると、単なる仕事上の関係ではなく、まるで親戚のような存在です。本当に困ったときには自然と助け合える。そうした関係のありがたさは、年齢を重ねるほど強く感じます。 特に経営を引退してからは、損得や立場を離れ、以前よりも素直で気持ちのよい付き合いができるようになりました。 お互いに長年積み重ねてきた信頼は、お金では買えません。その価値は、お金の何倍にもなるものだと思います。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 aiと人間の関係について考えること 20年以上前に購入したコンプレッサー修理 20年以上壊れない4kw太陽光発電と、今さら気づいた本当の効率

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


今日、大井さんから見えてきた人物像今日、大井さんからシニアカーをいただきました。2026年7月11日
今日、大井さんからシニアカーをいただきました。 今日もいろいろなお話を聞かせていただきましたが、改めて感じたのは、一般的な人とは少し違う感性や才能を持った方だということです。 30歳頃(1976年)には、彫刻の腕を見込まれてブラジルのリオへ招かれ、数年間暮らしていたそうです。現地の声を掛けてくれた会社は、倒産寸前でしたが、大江さんの指導で、その後すぐに毎月3億円ほどの売上を上げるようになったとのことでした。今でも毎年感謝の手紙が来るそうです。 当時、他のブラジルの彫刻家が月給1万円ほどだった時代に、大江さんは60万円もの給料を受け取っていたそうです。それだけ技術や才能が高く評価されていたのでしょう。 さらに印象的だったのは、お金や物への執着がほとんど感じられないことです。ブラジルから日本へ帰国する際には、自分の持ち物を現地の人たちにすべて譲って帰ってきたそうです。日本でも引っ越しのたびに同じようなことをしてきたとことで、「所有すること」にあまり価値を置いていないように感じました。 現在は6羽の鳥を飼っていますが、本来は人の言葉を話さない種類の鳥が

後藤 友亮
7月20日読了時間: 2分


数週間前、公園で知り合った大井さん。
世間話をしている中で、私の母があまり歩けないという話をしたところ、「シニアカーをプレゼントしたい」と言ってくださいました。 実はすでに1台注文してしまっていたのですが、せっかくのご厚意なので、別宅で使わせていただくことにしました。 大井さんはかなり余裕のある方のようで、ご自身は新しいシニアカーに買い替えるそうです。 そして今日も、買い物へ行く途中に私の姿が見えたようで、わざわざ家まで立ち寄ってくれました。 その際、何やら本のようなものを持ってきて、「これを見てほしい」と言われました。 これまで聞いた話では、小学校までしか通っていないようですが、話をしていると、趣味の金魚は数年しかやってなかったようで、この人は俗に言う「天才」と呼ばれるような人物なのかもしれないと感じます。 まだまだ過去の面白い話をたくさん持っていそうで、これから何を聞かせてもらえるのか楽しみです。 ちなみに今週だけで、すでに3回も私の家を訪ねてきています。 明日は、シニアカーを届けてくれるそうです。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


「信じる者は救われる」今日の気づき
最近になって、私はこの言葉の意味が、少しずつ分かってきたような気がします。 もしかすると、人生やこの世界の仕組みを考える入り口は、こうした身近な気づきの中にあるのかもしれません。 人は、つい目の前の損得だけで物事を判断してしまいます。 その場では得をしたように思えても、長い目で見ると、大切なものを失っていることがあります。 反対に、そのときは損をしたように感じても、後から振り返ると、それによって守られていたと気づくこともあります。 さまざまな経験を重ねるうちに、目先の欲だけで動くことの危うさや、自分の力だけでは説明できない人生の流れがあるように感じるようになりました。 もちろん、これが正しいと断言するつもりはありません。 ただ、自分の利益だけを考えるのではなく、良心や小さな違和感を無視せずに生きることは、大切なのではないでしょうか。 何かを信じるということも、誰かの言葉へ盲目的にすがることではないと思います。 自分で考え、経験し、その中で感じたことを大切にしながら、一歩ずつ生きていく。 それが、自分自身を信じるということなのかもしれません。 「こ

後藤 友亮
7月20日読了時間: 2分



後藤 友亮
7月20日読了時間: 0分


人気づけば、私は「人生の研究者」になっていた
気づけば、AIから「人生の研究者」という肩書きをつけられていました。(笑) もちろん、自分から人生の研究者になろうと思ったわけではありません。 ただ、私の人生には不思議に思える出会いや出来事があまりにも多く、いつしか人生そのものについて考えるようになっていました。 「あの出来事は、なぜ起きたのだろう」 「なぜ、あのタイミングでこの人と出会ったのだろう」 そのときには意味が分からなかったことが、何年も経ってから別の出来事につながり、初めて意味を持つことがあります。 57年間の人生を振り返って、今、私が感じていることがあります。 人生には、自分の努力や意思だけでは説明できない、大きな流れのようなものがあるのではないか。 そして人は、それぞれ違う場所で、それぞれの役割を生きているのではないか。 そう考えると、本当の意味で「誰が上で、誰が下」ということはないのかもしれません。 私たちが「凄い人」「素敵な人」「幸せな人」と感じる姿も、ときには自分自身の願望や価値観を通して見ている姿なのかもしれません。 私もまた、その大きな流れの中を生きている一人にすぎませ

後藤 友亮
7月20日読了時間: 3分


過去と今、その両方を実際に体験したからこそ、どちらが本当に良かったのかが見えてくるのだと思います。
少なくとも日本は、世界の中でも国民全体がそれを比較的早く体験できた国ではないでしょうか。 豊かさや便利さを誰よりも早く手に入れた一方で、それによって失ったものや、昔の暮らしの良さにも気づけるようになった。 それは、今の便利さしか知らない国には、まだわからない感覚かもしれません。 世の中には、ただ前へ前へと突き進むことを良しとする国民性もあります。 そんな中で、日本人が「昔の暮らしのほうが良かった」と感じられるのは、便利さや物の多さでは埋まらないものがあると、すでに体験として知っているからだと思います。 本当に大切なのは、物質的な豊かさではなく、心の落ち着きや安心感、人とのつながりといった精神的な豊かさ。 日本人は、それをどこかで気づき始めているのではないでしょうか。 しかし、まだそこを体験していない国々は、見栄や嫉妬、競争心に突き動かされながら、これから同じ道を進んでいくのでしょう。 それもまた、人間社会の流れなのだと思います。 だからこそ、昔の暮らしのほうが良かったと感じられる日本は、ある意味では幸せな国なのかもしれません。...

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


私が「何も起きない朝」を、人生で一番の贅沢だと思う理由
子どもの頃、私には「いつか憧れていた車や船を手に入れたい」という夢がありました。 長年働いた結果、その夢は実現しました。 ところが、実際に手に入れてみると、ほとんど乗りませんでした。 最近になって、その理由がようやく分かってきました。 私が本当に求めていたのは、贅沢な暮らしではなく、子どもの頃の夢を一度、自分の力で実現することだったのだと思います。 選択肢がなく始めた経営者 私は19歳で起業しました。 若い頃から経営者を目指していたわけではありません。 人の指示どおりに動くことが苦手で、学校の勉強も得意ではありませんでした。 会社に入り、上司の指示を受けながら働き続けることも、自分には難しい。 だから、人に使われるのではなく、自分で仕事をするしかなかった。 言ってしまえば、仕方なく経営者になったのです。 それから56歳で引退するまで、35年以上にわたって仕事を続けました。 経営者は、会社を離れても経営者です。 売上、人件費、資金繰り、税金、事故、従業員、お客さんへの対応。 家に帰っても、旅行へ行っても、頭のどこかで会社のことを考えていました。..

後藤 友亮
7月20日読了時間: 6分



後藤 友亮
7月20日読了時間: 0分


子供の頃から感じていることですが、神様はいつも、私にとって必要な「良いもの」も「悪いもの」も、その都度与えてくれるように思います。2026年2月4日
あとになって知り、驚いたのですが、モギさんのお母さんの兄は、モンゴル相撲で超有名な方だそうです。 それだけでも十分に驚きでしたが、さらに私たちのために、急きょその方と食事の機会を作ろうと動いてくれていたことを思い出しました。 その願いは結果的に叶いませんでしたが、それ以上に、私たちのためにいろいろと動いてくれたその気持ちに、改めて心を打たれました。 また、私とは違い、余計なことを多く語らないところも、本当に素晴らしい方だと感じます。 立場や名声があるからではなく、 ただ「人としてつないであげたい」という純粋な気持ちで動いていることが、強く伝わってきます。 私の人生で出会った人の中で、 この方は間違いなく、二番目に素晴らしい方です。 おそらくこの方は、 お金で動く人でもなく、営利を目的にする人でもない。 それでも結果的に、周りが自然とその人を大きくしていく、そういうタイプの方なのだと感じました。 不思議と、そうした在り方が、昔の自分と少し重なる部分もあり、 だからこそ、その気持ちが分かるような気がします。 そして気づけば、そうした理由からか、...

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


第8章 因果応報は、体験でしか理解できない
あるとき、子どもがこんなことを言いました。 「これらのことは、残念ながら因果応報を今世のうちに一通り体験できた人にしか、本当の意味では理解できないと思う」 その言葉を聞いたとき、私は強く頷きました。 なぜなら私自身、因果応報というものは、本を読んだり、人から教えてもらったりするだけでは、本当の意味では分からないのではないかと感じていたからです。 自分がしたこと。 自分が選んだこと。 人に対して取った態度。 それらが何年も経って、まったく違う形で自分に返ってくる。 良いこともあれば、苦しいこともあります。 そして実際に自分の身に起きたとき、 「もしかすると、あのときの自分の選択とつながっているのではないか」 と初めて気づくことがあります。 私にとって因果応報とは、単なる知識や概念ではありません。 自分自身の人生を通して、少しずつ理解していくものなのです。 もし「地球は学校である」という仮説が正しいとすれば、人生で起きる出来事の中には、私たち自身に何かを気づかせるための「問題」が含まれているのかもしれません。 そして、ある問題の意味に気づかなければ、

後藤 友亮
7月19日読了時間: 5分


3章「失敗させた子育て」から見えた、本当の学び私の「自由な子育て」が教えてくれたこと2026年1月25日
私は、我が子に対して、 基本的に行動を否定せず、やりたいことを自由にやらせ、過度な干渉もしないで接してきました。 たとえ、その先に良くない結果が待っていると分かっていても、 反対はせず、すべて本人の意思に委ねてきました。 結果として、多くの場合、 私の予想通り「うまくいかない結末」になりました。 当然、お金も無駄になりました。 それでも不思議なことに、 我が子が私や人生に不満をぶつけることはありません。 それどころか、 「自分で決めさせてもらえたこと」に 感謝しているようにさえ感じます。 数々の失敗を経験することで納得し、 そこから多くを学んでいるようでした。 「人は教えられて学ぶのではなく、 経験してしか学べない」 この言葉を、 我が子はそのまま体現しているように思います。 その姿を見て、私は確信しました。 我が子は、この地球という学校で、 私が50年近くかけて学んだことを、 30年ほどで修了しつつあるのではないか――と。 そして、ふと思い出します。 私の両親もまた、同じように私を信じ、 過度に干渉しない人たちでした。 だからこそ私は、50歳を

後藤 友亮
7月19日読了時間: 3分


「立場が変わって、はじめてわかったこと」2025年12月23日
経営を引退したからこそ、また一つ学べたことがあります。 今年のはじめに父が他界し、その後、母が右足麻痺で歩けなくなりました。自然な流れの中で、介護や家事を担うようになり、そこで改めて親や女性のありがたみを強く感じるようになりました。実際に生活を支える立場になってみて、日々を回していくことがどれほど大変なことなのかを、身をもって理解しました。 そのおかげで、今は母が元気なうちに、そして生きているうちに、これまで支えてくれた親や周囲の人たちに、心から感謝することができています。 特に強く実感したのは、共働きの家庭において、家事は決して女性だけが担うものではなく、男性も分担することが当たり前だということです。その意味を、頭ではなく体で理解しました。 なかでも食事の支度は、買い物から献立を考え、調理まで含めると、想像以上に時間と労力がかかる家事です。その大変さを日々実感しています。 この経験を通じて、与えられた役割の中で得られる気づきこそが、不満を抱かず、穏やかに生きていくための大切な道なのだと感じるようになりました。わかっているつもりでも立場が変わらな

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


「遅れて気づいた、大切なこと」
経営者を引退してから、日々「気づき」の連続です。 時間に追われる立場を離れ、あらためて自分の人生を静かに振り返ってみて、ひとつ強く感じたことがあります。 それは、人生の節目ごとに 「過去に本当に必要としていたもの」が、家族から、そして家族以外の人たちからも、無償の好意として与えられてきたという事実です。 それらは、物やお金に限りません。 お金では買えないことや知恵、機会、人との縁、助言、海外での許可や申請に関わる支援など 振り返れば、人生を前に進めるために欠かせなかったものばかりでした。 そして、その一つひとつの無償での好意がきっかけとなり、結果的に より大きく、より必要なものへとつながっていく。 そんな流れのありがたみを今になって気づきました。 しかし正直に言えば、当時の私はそのありがたさをほとんど理解していませんでした。 「してもらって当たり前」「好きでやってるのだろう」「運が良かっただけ」 挙げ句の果てには「おせっかい」だと感じていたことさえあります。 感謝を深く噛みしめることもなく、時間だけが過ぎていったように思います。 周囲から...

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


出世も名誉も幻。地球上の真のミッションは別にある2025年10月24日
私は幼い頃の私は、とにかく泣き虫でした。 学年でも一番だったと記憶してます。泣き出したら最後、半日くらい止まらない。だから先生も、怒れなかったそうです。 そんな自分も、19歳から56歳まで、ずっと経営者として生きてきました。 もともと人から学ぶことが苦手な性格だったので、仕事に関しては自分で道を切り開くしかなかったのです。 ただ、経営の世界には、決めたら逃げるという選択肢がありません。トラブルが起きても、誰かに相談できるわけでもない。 だからこそ、逃げずに向き合うしかなかった。 その繰り返しの中で、いつのまにか強くなっていったんだと思います。 とはいえ、経営をしていると嫌なことも山ほどあります。 理不尽なこと、不満、裏切り、苦しみ…。 何度「もう逃げたい」と思ったことか。 でも今は思います、振り返って分かるのは、不満や苦しみというものは、結局、考え方ひとつでどうにでも変わる、ということなんです。 たとえば、一生懸命頑張って社長になったり、先生になったり。 それも実は、与えられたミッションの一つに過ぎません。 大切なのは、そのミッションの中で「正し

後藤 友亮
7月18日読了時間: 4分


【欲と情報に振り回されず、流れに身を任せて生きる】
今日は、3ヶ月に一度の税理士の先生との面談日でした。 最近、周囲の経営者たちから「決まり事が多すぎて、思うように動けない」といった話をよく耳にしていたので、 「今は、むしろ雇われている方が安心な時代なんでしょうか?」と、先生に尋ねてみました。 すると、先生は少し笑いながら、こうおっしゃいました。 「実は、雇われる側も大変なことだらけですよ。今いちばん恵まれているのは、こうした時代を【引き際】と見て、うまく身を引いた人たちです。まさに後藤さんのようにね(笑)」 その言葉に、ふと斎藤一人さんの言葉を思い出しました。 「不運に思える出来事にも、ちゃんと意味がある。だからこそ、ありがたく受け入れて楽しむことが大切なんだ」と。 振り返ると、自分の歩んできた道も、本当にそうだったと感じます。 その時はわからなくても、時間が経てば「すべて必要な出来事だった」と気づく。 だから今やっていることも、きっと【何かの備え】になっているのだろうと思っています。 情報があふれるこの時代、あえて余計なものは追わず、 今の欲にとらわれず、流れに逆らわず、身を任せて生きていく。

後藤 友亮
7月18日読了時間: 2分


【私の行き当たりばったりと言う美学 ― 内なる導きに従って生きる】2025年5月15日
これまでを振り返ってみると、私が関わってきた事業は、けして大きくはありませんが、どれも不思議なほど短期間でそれなりの形になってきました。学歴があったわけでもなければ、修行を積んだわけでも、綿密な計画を立てて始めたわけでもありません。むしろ「行き当たりばったり」で準備ゼロのまま、その瞬間に感じた流れに身を委ねてきたのが正直なところです。 というのも、私はもともと事前に細かく準備したり、先の展開を段取りよく整えるということが得意ではありません。そのかわり、不思議と「未来を読み解く力」には自信がありました。それは、これまでその通りになったと言う裏打ちされた自信からです。 気づけば、目の前に現れた流れに導かれるようにして物事が動き出し、必要なタイミングで、必要な情報や人が自然と現れてくる。ただ私は、それに応えてきただけなのだと、心からそう思っています。 もちろん、人から学ぶことがすべて無意味だとは思っていません。ただ、私にとってそれは時に、自分本来の感覚を曇らせてしまうことではと思っています。他人の言葉や方法に強く影響されすぎると、知らず知らずのうちに、

後藤 友亮
7月18日読了時間: 3分
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