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3章「失敗させた子育て」から見えた、本当の学び私の「自由な子育て」が教えてくれたこと2026年1月25日
私は、我が子に対して、 基本的に行動を否定せず、やりたいことを自由にやらせ、過度な干渉もしないで接してきました。 たとえ、その先に良くない結果が待っていると分かっていても、 反対はせず、すべて本人の意思に委ねてきました。 結果として、多くの場合、 私の予想通り「うまくいかない結末」になりました。 当然、お金も無駄になりました。 それでも不思議なことに、 我が子が私や人生に不満をぶつけることはありません。 それどころか、 「自分で決めさせてもらえたこと」に 感謝しているようにさえ感じます。 数々の失敗を経験することで納得し、 そこから多くを学んでいるようでした。 「人は教えられて学ぶのではなく、 経験してしか学べない」 この言葉を、 我が子はそのまま体現しているように思います。 その姿を見て、私は確信しました。 我が子は、この地球という学校で、 私が50年近くかけて学んだことを、 30年ほどで修了しつつあるのではないか――と。 そして、ふと思い出します。 私の両親もまた、同じように私を信じ、 過度に干渉しない人たちでした。 だからこそ私は、50歳を

後藤 友亮
7月19日読了時間: 3分


9章 因果応報は罰ではない――私が「人生の成績表」だと考える理由
私は、因果応報というものを、単なる「罰」や「報い」だとは考えていません。 むしろ、自分がどのように生きてきたのかを振り返るために、この地球という学校から渡される「成績表」のようなものではないかと思っています。 自分が何を選び、どのような行動をし、どんな気持ちで人と関わってきたのか。 その結果が、すぐにではなくても、いつか別の形で自分に返ってくる。 私はこれまでの人生を振り返り、そのように感じることが何度もありました。 ただし、誰かに起きた不幸を見て、「それは因果応報だ」と決めつけることには、慎重でなければならないと思います。 人には、他人からは見えない事情があります。 因果応報という考え方は、他人を評価したり責めたりするためではなく、あくまで自分自身の生き方を見直すためにあるのではないでしょうか。 何かが起きたとき、すべてを「運が良かった」「運が悪かった」だけで終わらせず、 「この出来事から、自分は何を学べるのだろう」 と考えてみる。 そこに気づければ、同じことを繰り返さずに済むかもしれません。 反対に、何も受け取らず、同じ行動を続けていれば、似

後藤 友亮
7月19日読了時間: 3分


「遅れて気づいた、大切なこと」
経営者を引退してから、日々「気づき」の連続です。 時間に追われる立場を離れ、あらためて自分の人生を静かに振り返ってみて、ひとつ強く感じたことがあります。 それは、人生の節目ごとに 「過去に本当に必要としていたもの」が、家族から、そして家族以外の人たちからも、無償の好意として与えられてきたという事実です。 それらは、物やお金に限りません。 お金では買えないことや知恵、機会、人との縁、助言、海外での許可や申請に関わる支援など 振り返れば、人生を前に進めるために欠かせなかったものばかりでした。 そして、その一つひとつの無償での好意がきっかけとなり、結果的に より大きく、より必要なものへとつながっていく。 そんな流れのありがたみを今になって気づきました。 しかし正直に言えば、当時の私はそのありがたさをほとんど理解していませんでした。 「してもらって当たり前」「好きでやってるのだろう」「運が良かっただけ」 挙げ句の果てには「おせっかい」だと感じていたことさえあります。 感謝を深く噛みしめることもなく、時間だけが過ぎていったように思います。 周囲から...

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


地球は魂を育てる学校なのか――輪廻転生と因果応報について考えたこと
現実世界で起きるさまざまな出来事を見ているうちに、私の中に、新しい考えが浮かぶようになりました。 人の魂は、一度の人生だけですべてを学ぶのではなく、成熟するまで何度か生まれ変わるのではないか。 そして、次も必ず人間として生まれるとは限らないのではないか。 もちろん、これは証明できる話ではありません。 あくまで、これまでの人生経験を通して、私が感じるようになった一つの仮説です。 言葉を持たない生き物から感じること 以前から私は、ときどき動物と出会った際に、「どこかで会ったことがあるような感覚」を覚えることがありました。 そのたびに、なぜ人間には言葉があり、ほかの生き物には、人間と同じ言葉がないのだろうと考えてきました。 動物にも感情や意思があり、それぞれの方法で私たちに伝えようとしています。 しかし、その気持ちを人間の言葉で説明することはできません。 以前の私は、そこに何らかの厳しい制限があるのではないかと考えました。 もしかすると、魂は生まれる生命の形によって、それぞれ異なる環境や制限を経験するのかもしれません。 ただ、それを罰と決めつけたり、人

後藤 友亮
7月18日読了時間: 6分


出世も名誉も幻。地球上の真のミッションは別にある2025年10月24日
私は幼い頃の私は、とにかく泣き虫でした。 学年でも一番だったと記憶してます。泣き出したら最後、半日くらい止まらない。だから先生も、怒れなかったそうです。 そんな自分も、19歳から56歳まで、ずっと経営者として生きてきました。 もともと人から学ぶことが苦手な性格だったので、仕事に関しては自分で道を切り開くしかなかったのです。 ただ、経営の世界には、決めたら逃げるという選択肢がありません。トラブルが起きても、誰かに相談できるわけでもない。 だからこそ、逃げずに向き合うしかなかった。 その繰り返しの中で、いつのまにか強くなっていったんだと思います。 とはいえ、経営をしていると嫌なことも山ほどあります。 理不尽なこと、不満、裏切り、苦しみ…。 何度「もう逃げたい」と思ったことか。 でも今は思います、振り返って分かるのは、不満や苦しみというものは、結局、考え方ひとつでどうにでも変わる、ということなんです。 たとえば、一生懸命頑張って社長になったり、先生になったり。 それも実は、与えられたミッションの一つに過ぎません。 大切なのは、そのミッションの中で「正し

後藤 友亮
7月18日読了時間: 4分


経験から導き出した答えと、輪廻転生の不思議な一致
私はもともと、一般的に「スピリチュアル」と呼ばれるものに、関心がある人間ではありません。 人から教わって何かを信じることも、昔からあまり得意ではありませんでした。 どちらかといえば、自分で実際に経験したことを一つずつ見て、 「この出来事と、あの出来事はつながっているのではないか」 と考えていくほうです。 私にとって大切なのは、最初に答えを決めることではありません。 現実に起きた出来事の「点」と「点」がつながり、その先に一つの説明が見えてくることです。 たとえそれが、一般にはスピリチュアルと呼ばれるような話であっても、私自身の経験とうまくつながるのであれば、一つの可能性として考えてみます。 後から知った「輪廻転生」という考え方 以前から、 「人は何度か生まれ変わる」 「7回生まれ変わる」 といった話を耳にしたことはありました。 しかし、私はそれについて深く考えたことはありませんでした。 ところが今回、輪廻転生について少し詳しく知る機会があり、その考え方を聞いて驚きました。 なぜなら、私がこれまで自分自身の人生経験から考えてきたことと、驚くほど似てい

後藤 友亮
7月17日読了時間: 4分


⑤なぜ人間だけが言葉を話すのか――子どもの頃から感じていた不思議
人生をひとつのシミュレーションとして考えてみると、これまで私の中でバラバラだった「点」が、少しずつ「線」になってつながってくるように感じます。 その中の一つが、 「なぜ人間は、これほど複雑な言葉を使うことができるのだろう」 という疑問です。 もちろん、動物にもそれぞれの方法でコミュニケーションを取る能力があります。 鳴き声や表情、匂い、動きなどを使い、仲間に危険を知らせたり、感情を伝えたりしています。 ですから、人間だけがコミュニケーションをしているわけではありません。 ただ、人間のように複雑な言葉を使い、過去や未来について語り、考えを文章として残し、世代を超えて知識を伝えていく生物は、少なくとも現在の地球では非常に特殊な存在です。 私は、そこにも何か意味があるのではないかと考えるようになりました。 生き物によって「経験するステージ」が違うのではないか ここからは、あくまで私自身の仮説です。 もし地球が魂の成長を目的とした一つの学校であり、人生がさまざまな経験をするためのシミュレーションだとしたら、 人間、動物、虫という違いも、それぞれ異なる経験

後藤 友亮
7月17日読了時間: 5分
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