日本の「言った者勝ち」?海外では通用しない?──日本で我慢する人ほど疲れてしまう理由
- 後藤 友亮

- 8月11日
- 読了時間: 3分

私は会社を経営していた頃から、「お客様は神様」という考え方で商売をしたことがありません。
もちろん、お金を払っていただくお客様は大切です。
しかし、だからといって理不尽な要求まで受け入れる必要はない。
私は「そこまでして稼ぎたくない」と考えていました。
今振り返ると、その姿勢を最初からはっきり示していたからなのか、私の会社にはいわゆるクレーマーのような人があまり近寄ってこなかったように思います。
会社で新しい事業所を出した時にも、こんなことがありました。
市役所に、私の会社に対する嫌がらせとも思えるような通報が何度も入るようになりました。
最初は匿名でした。
ところが、それが何度も続くうちに相手も慣れてきたのでしょう。次第に誰が通報しているのか分かるようになりました。
そこで私は、逃げたり我慢したりするのではなく、その人の家まで行って直接話をしました。
普通に話しても通じない相手だと感じていたので、こちらも「この人には下手に関わらない方がいい」と思われるくらい、あえて普通ではない態度で接しました。
すると、それまで続いていたことが収まりました。
そして意外だったのは、その後です。
この出来事が近所に知れ渡りました。
私はてっきり、「あの人は怖い」「そこまでしなくても」と悪く言われるかと思っていました。
ところが実際は逆でした。
近所の人たちから、
「よく言ってくれた」
と言われたのです。
話を聞いてみると、周囲の人たちもその家に対して長い間いろいろと思うことがあったようです。
でも、近所だから揉めたくない。
何か言えば面倒なことになる。
だから、みんなずっと我慢していた。
私はこの経験が、今でも強く印象に残っています。
一人だけが好きなことを言い、周囲の何人もの人が黙って我慢する。
そして、その状態が長く続けば、言っている本人は「自分の主張は正しい」「言えば通る」と思うようになってしまう。
これこそが「言った者勝ち」を生み出す一つの構造なのではないでしょうか。
もちろん、何でも喧嘩をすればいいという話ではありません。
相手を威圧すればいいということでもありません。
ただ、理不尽な要求に対してまで「揉めたくないから」と譲り続ければ、結果的に理不尽な人だけが得をする社会になってしまいます。
これは商売でも近所付き合いでも同じだと思います。
「お客様は神様だから」
「近所だから」
「会社だから」
「面倒だから」
そうやって一人ひとりが少しずつ我慢する。
一つひとつは小さな我慢でも、それが社会全体に積み重なれば、働く人のストレスになり、企業には余計な対応コストが生まれ、最後には社会そのものが息苦しくなっていく。
私は海外で生活していると、日本ほど周囲のことを細かく気にして、他人の行動に口を出すことが少ないと感じる場面があります。
もちろん国や人によって違います。
ただ海外では、強く言えば相手も強く言い返すことがあります。
だからこそ、お互いに必要以上に相手の領域へ踏み込まない。
そんな距離感が自然に生まれている社会もあるように感じます。
日本人の「我慢できる」「相手を思いやれる」という性格は、本来とても良いものだと思います。
でも、その優しさを利用する人まで受け入れる必要はありません。
「言った者勝ち」ではなく、「理不尽なことを言った人には、きちんとNOと言える」。
そんな社会になった方が、結果的には普通に暮らしている多くの人が、もっと楽に生きられるのではないでしょうか。




コメント