節税や労務対策に追われる日本――経営者が本業に集中できる仕組を
更新日:9月4日

最近、YouTubeを見ていると、経営者向けの「節税」「助成金」「労務対策」に関する広告が何度も流れてきます。
その一つに、出張旅費規程を使って会社と社員双方の負担を減らす、という内容がありました。
私は経営者をしていた頃、すでに出張旅費規程を作り、社員の出張には日当を支給していました。
その理由は単純です。
社員の手取りを少しでも増やしたかったからです。
一定の要件を満たした出張日当は、通常の給与とは異なる扱いができるため、会社と社員の双方にとって税金や社会保険料の負担を抑えられる場合があります。
制度を正しく使えば、会社の支出を抑えながら、社員が実際に受け取れる金額を増やせます。経営者としては、使わない理由がありませんでした。
しかし、今になって改めて考えると、ここに日本経済の大きな問題が表れているように思います。
良い仕事より、制度に詳しい会社が得をする
出張旅費規程を利用するためには、制度を調べ、社内規程を作り、出張の記録を残し、適正な金額を決めなければなりません。
場合によっては、税理士や社会保険労務士などの専門家にも確認します。
さらに、税務調査で説明できるよう、書類を整えておく必要もあります。
これらは、商品を作る仕事でも、顧客を増やす仕事でもありません。
会社が本来の仕事を続けるために必要となった「制度への対応」です。
制度をよく知り、専門家に費用を払い、細かい書類を整えた会社は負担を減らせる。
一方、同じように真面目に商売をしていても、制度を知らない会社は余分な税金や社会保険料を負担することになります。
これでは、良い商品を作った会社より、制度を攻略するのが上手な会社のほうが有利になりかねません。
私は、そこに強い違和感があります。
「節税」が一つの巨大な産業になっている
YouTubeに節税広告が繰り返し表示されるのは、それだけ多くの経営者が税金や社会保険料、助成金などに悩んでいるからでしょう。
そして、その複雑な制度を説明したり、会社ごとに対策を考えたりすること自体が、一つの大きな商売になっています。
もちろん、税理士や社会保険労務士などの専門家は必要です。複雑な制度のなかで会社を守るため、重要な役割を担っています。
しかし、その仕事が増え続ける背景には、制度そのものが複雑になりすぎた現実があります。
国が新しい制度を作る。
企業が対応するために専門家へ相談する。
新しい規程や申請書、記録、確認作業が増える。
その費用を負担できない小さな会社ほど、不利になっていきます。
制度を増やすたびに仕事は増えているように見えますが、それによって新しい商品や技術が生まれているわけではありません。
会社の時間とお金が、制度に対応するために消えているだけとも考えられます。
労務管理も、あまりに複雑になった
私は19歳から自営業を始め、さまざまな事業を経営してきました。多い時には多くの社員を雇い、現場で起きる問題にも直接向き合ってきました。
その経験から感じるのは、近年の労務管理はあまりにも難しくなったということです。
本来、仕事とは、働く人が労働を提供し、会社がその対価として給与を支払う関係です。
会社が勤務条件と仕事内容を示し、働く人が納得すれば契約する。条件が合わなければ契約しない。
原型は、非常に単純な関係だったと思います。
もちろん、賃金の不払い、危険な労働、暴力、差別などを防ぐ最低限のルールは必要です。
会社側が立場の強さを利用して、働く人を一方的に苦しめることも許されません。
私は、労働者を守ること自体を否定しているわけではありません。
問題は、守る範囲が広がり続けた結果、会社が仕事上必要な指示や注意をすることまで難しくなっている点です。
厳しく注意すれば、パワーハラスメントを疑われる。
しかし注意をしなければ、仕事の品質が落ち、事故や顧客離れが起き、その責任は経営者が負います。
職場に合わない人を採用してしまっても、会社側から雇用関係を解消するのは簡単ではありません。
その間も給与や社会保険料を払い、周囲の社員への影響にも対応しなければなりません。
権限は小さくなるのに、責任だけは残る。
こんな環境で、うまくやれる経営者がどれほどいるのでしょうか。
条件が合わない時、会社側だけが合わせ続けるのか
スーパーへ行き、自分の好みに合う商品がなければ、普通は買わないという選択ができます。
店の商品や価格を、自分の希望どおりに変えるよう強制することはできません。
雇用も、本来は条件を示したうえで双方が選ぶ関係のはずです。
ところが現在は、働く人と会社の条件が合わなくなっても、会社側だけが合わせ続けることを求められる場面が増えたように感じます。
会社に問題がある場合は、当然改善すべきです。
しかし、働く側に明らかな問題があっても、経営者がそれを指摘し、改善を求め、どうしても改善されなければ契約を終えるという当たり前の判断まで難しくなれば、雇用そのものが大きなリスクになります。
労働者を守る制度が、雇用を減らすこともある
雇用に伴う責任と手続きが増え続ければ、経営者は人を雇わなくなります。
実際に企業は、正社員を増やす代わりに、外注、業務委託、派遣、機械、AIなどを利用するようになります。
事業を拡大できる場面でも、現在の人数のままにとどまる判断をするかもしれません。
大企業なら、人事部や法務部を置き、専門家に対応を任せられます。
しかし、中小企業では経営者自身が、営業、資金繰り、採用、教育、労務、税務まで背負います。
一つひとつは労働者を守るために作られた制度でも、積み重なれば、
「人を雇わないほうが安全だ」
という結論に近づいてしまいます。
これは、働く人にとっても良い結果ではありません。
日本は経済成長させる気がないのか
私は時々、日本は本当に経済を成長させる気があるのだろうか、と思います。
正確には、国に成長させる意思がまったくないというより、一つひとつ善意で作られた制度を整理できないまま、上へ上へと積み重ねてきたのではないでしょうか。
税金、社会保険、補助金、助成金、労務管理、各種申請。
新しい問題が起きるたびに新しいルールを加えますが、古いルールはほとんど減りません。
結果として制度全体が複雑になり、経営者は本業よりも制度対応に時間を取られます。
経済成長は、申請書や社内規程を増やすことで生まれるものではありません。
商品を作る。技術を磨く。設備に投資する。人を育てる。新しい市場に挑戦する。
本来、経営者が時間を使うべきなのは、そうした仕事のはずです。
経営者に必要なのは、制度攻略の能力ではない
経営者が税金や労務について最低限の知識を持つことは必要です。
会社と社員を守るために、守るべきルールもあります。
しかし、制度の隙間を見つけ、複雑な仕組みを作り、多額の専門家費用を払わなければ会社を維持できない社会が、健全だとは思えません。
制度を知らないだけで損をする。
人を雇っただけで大きなリスクを背負う。
仕事とは直接関係のない書類と確認作業が、毎年増えていく。
この状態では、経営者が新しいことへ挑戦しなくなるのも当然です。
日本に必要なのは、新しい優遇制度をさらに一つ加えることではなく、今ある制度を整理し、誰にでも理解できるよう単純にすることではないでしょうか。
節税や助成金に詳しい会社が生き残る国ではなく、良い商品を作り、良い仕事をした会社が、そのまま報われる国にする。
経営者に制度攻略をさせるのではなく、経営の仕事をさせる。
私は、それが日本経済をもう一度成長させるための、最も基本的な出発点だと思います。
※本稿は、長年会社を経営した経験から感じた個人的な意見です。個別の税務・労務上の判断については、税理士、社会保険労務士、弁護士などの専門家へご確認ください。





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