私が「何も起きない朝」を、人生で一番の贅沢だと思う理由
- 後藤 友亮

- 7月20日
- 読了時間: 6分
更新日:8月30日

子どもの頃、私には「いつか憧れていた車や船を手に入れたい」という夢がありました。
長年働いた結果、その夢は実現しました。
ところが、実際に手に入れてみると、ほとんど乗りませんでした。
最近になって、その理由がようやく分かってきました。
私が本当に求めていたのは、贅沢な暮らしではなく、子どもの頃の夢を一度、自分の力で実現することだったのだと思います。
選択肢がなく始めた経営者
私は19歳で起業しました。
若い頃から経営者を目指していたわけではありません。
人の指示どおりに動くことが苦手で、学校の勉強も得意ではありませんでした。
会社に入り、上司の指示を受けながら働き続けることも、自分には難しい。
だから、人に使われるのではなく、自分で仕事をするしかなかった。
言ってしまえば、仕方なく経営者になったのです。
それから56歳で引退するまで、35年以上にわたって仕事を続けました。
経営者は、会社を離れても経営者です。
売上、人件費、資金繰り、税金、事故、従業員、お客さんへの対応。
家に帰っても、旅行へ行っても、頭のどこかで会社のことを考えていました。
私は35歳頃に、うつ病も経験しました。
身体を休ませても心は休まらず、朝、目を覚ました瞬間から、現実が重くのしかかってくる時期もありました。
物が、心を支えてくれた時期
経営者時代の私を支えてくれたものの一つが、車でした。
「いつか憧れていた車を手に入れたい」
その目標があったから、苦しいときにも、もう少し頑張ろうと思えました。
そして後に、子どもの頃から憧れていたスーパーカーや大型クルーザーを実際に所有しました。
しかし、どちらもほとんど乗りませんでした。
私が求めていたのは、それらを使った豪華な生活ではなく、「子どもの頃の夢をかなえること」だったのでしょう。
また、経営者として苦しいときに、欲しかった物を所有することで、気持ちを支えていた部分もあったのだと思います。
56歳で経営の第一線から退くと、自分でも驚くほど、物への執着がなくなりました。
経営者として背負っていた重圧が減り、物に心を支えてもらう必要もなくなったのかもしれません。
大型の船は手放し、現在は小さなレジャーボートを一つだけ残しています。
車も、所有したり運転したりすることより、今は故障した車を修理することのほうが好きです。
原因を考え、部品を探し、自分で試し、動かなかったものが再び動くようになる。
以前は「手に入れること」に価値を感じていましたが、今は自分の手で直していく「過程」を楽しんでいます。
実際に夢をかなえたからこそ、自分が本当に求めていたのは、贅沢な暮らしではなかったと気づくことができました。
二度と、不安を増やす働き方には戻らない
現在は、日本とモンゴルの複数の場所を行き来しながら、自分に合った暮らし方をしています。
そして経営者を引退した今、一つだけ決めていることがあります。
二度と、自分の心に大きな不安を生むような仕事には就かないということです。
私の経験が誰かの役に立つのであれば、できる範囲でお手伝いしたいと思っています。
ただし、利益のために無理をしたり、心をすり減らしたりする働き方には、もう戻りたくありません。
もちろん、商売やお客さんを否定しているわけではありません。
私自身も35年以上、お客さんから代金をいただき、その対価として仕事をしてきました。
また、今の私がこのような働き方を選べるのも、長年働き、ある程度の生活基盤をつくることができたからです。
誰にでも同じ生き方ができるとは思っていません。
ただ、現在の私は、客と業者という上下関係ではなく、人と人として、お互いができることを持ち寄る関係を大切にしています。
損得がないから、本音で提案できる
今の私がしているのは、物々交換に近い、営利だけを目的としない仕事です。
私が経験や知識を伝える。
誰かを紹介したり、場所や道具を役立てたりする。
反対に、私が困ったときには、相手の知識や力を借りる。
その場ですぐに、同じだけの対価が返ってこなくても構いません。
そして、このように損得を前提にしないからこそ、相手にとって本当に良いと思う提案ができます。
何かを売って利益を出す必要がなければ、無理に勧める理由もありません。
必要だと思えば勧めます。
しかし、必要がなければ、
「今はやらないほうがよい」
「それを買う必要はない」
「別の人へ相談したほうがよい」
と、率直に伝えることができます。
自分にいくら利益が入るかではなく、その人に本当に必要かどうかで考える。
これは、営利だけを目的にしていない今だからこそできる提案だと思っています。
ウランバートルで感じた人とのつながり
モンゴル・ウランバートルで人々と接していると、私が現在求めている働き方に近い社会だと感じることがあります。
もちろん、会社も商売もあり、すべての人が同じ考え方をしているわけではありません。
それでも、私が実際に接した人たちの間には、金額だけでは決まらない、人と人とのつながりが残っています。
誰かに助けてもらえば、別の機会に自分が助ける。
自分にできなければ、できる知人を紹介する。
一つ一つをその場で清算するのではなく、長い人間関係の中で助け合っていく。
私には、それが物々交換に近い経済のように見えます。
日本のように、契約、責任、金額を明確にする社会にも良さがあります。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、35年以上にわたり、利益、責任、契約を背負ってきた私には、ウランバートルの人とのつながり方が、どこか気楽に感じられるのです。
お金を増やすより、不安を増やさない
現在の私が仕事に求めているものは、売上の大きさではありません。
お金を最大限に稼ぐことより、心の不安を増やさないこと。
仕事を増やすことより、信頼できる人とのご縁を大切にすること。
自分の利益を優先することより、相手にとって本当に良い提案をすること。
そして、仕事を終えた後にも、心が穏やかであること。
夜、余計な心配をせずに眠り、翌朝、大きな不安を抱えずに目覚められること。
仕事のために、その穏やかな朝を、もう一度失うつもりはありません。
私にとって本当の贅沢とは、高価な物を持つことではありません。
自分の心を犠牲にせず、本音で人と向き合える生き方を、自分で選べること。
そして毎朝、心に不安を抱えずに目覚められること。
今の私にとっては、それが何よりも価値のある、本当の贅沢です。
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協同組合かけはし/KAKEHASHI HUMAN MONGOL LLC 後藤友亮/GOTO YUSUKE
静岡県浜松市/モンゴル・ウランバートル 公式サイト:https://www.kakehasi.biz/




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