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会社を引退してから、働き方を大きく変えました。2026年7月20日
以前は、会社として利益を追い、多くの責任を背負いながら働いていました。 しかし今は、「以前お世話になった方や、自分が好きだと思える方のために、自分ができることをする」というスタイルです。 報酬についても、「いくらいただくか」は考えていません。相手に喜んでいただき、その気持ちとしていただければ、それで十分だと思っています。 もちろん、これは生活の基盤があるからこそ選べる働き方です。 今は、お金を追いかけるよりも、人とのご縁や信頼を大切にしながら、自分の経験を誰かの役に立てたいと思っています。 不思議なことに、そうした働き方に変えてからは、お金では手に入らないものが、報酬として返ってくるようになりました。 人とのつながり、信頼、感謝の言葉、思いがけないご縁。そうしたものの価値を、以前よりもずっと大きく感じています。 結局のところ、人生は、自分も相手も気持ちよく生きることが一番だと思っています。 「この記事を読んだ人におすすめ」→ 関連記事 経営者を引退してから、ちょうど6ヶ月 経営者を引退して、物についてわかったこと経営者を引退して、物を持つ基準が大

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


「信じる者は救われる」今日の気づき
最近になって、私はこの言葉の意味が、少しずつ分かってきたような気がします。 もしかすると、人生やこの世界の仕組みを考える入り口は、こうした身近な気づきの中にあるのかもしれません。 人は、つい目の前の損得だけで物事を判断してしまいます。 その場では得をしたように思えても、長い目で見ると、大切なものを失っていることがあります。 反対に、そのときは損をしたように感じても、後から振り返ると、それによって守られていたと気づくこともあります。 さまざまな経験を重ねるうちに、目先の欲だけで動くことの危うさや、自分の力だけでは説明できない人生の流れがあるように感じるようになりました。 もちろん、これが正しいと断言するつもりはありません。 ただ、自分の利益だけを考えるのではなく、良心や小さな違和感を無視せずに生きることは、大切なのではないでしょうか。 何かを信じるということも、誰かの言葉へ盲目的にすがることではないと思います。 自分で考え、経験し、その中で感じたことを大切にしながら、一歩ずつ生きていく。 それが、自分自身を信じるということなのかもしれません。 「こ

後藤 友亮
7月20日読了時間: 2分


「虫歯が続いた歯医者、虫歯が消えた歯医者」2026年6月30日
60年近く生きて歯医者について、ずっと心の中で引っかかっていることがあります。 私は人生の中で、主に2カ所の歯医者にしか通っていません。 38歳頃まで通っていた歯医者。 そして、38歳以降、現在まで通っている歯医者です。 不思議なのは、私自身の歯に対する意識や生活習慣が、特別大きく変わったわけではないということです。 それなのに、38歳頃までは虫歯が続きました。 しかし、38歳以降は、現在まで一度も虫歯になっていません。 これは本当に偶然なのでしょうか。 もちろん、歯の状態や年齢、治療方針、予防の考え方など、いろいろな理由はあると思います。 だから、何かを断定するつもりはありません。 ただ、あまりにも結果が違いすぎるのです。 そして、さらに気になったのが、歯医者の姿です。 38歳まで通っていた歯医者は、いつの間にか御殿のように大きく立派になっていました。 一方で、38歳以降に通っている歯医者は、昭和の初めの建物のような、歯医者です。 ここに、どうしても違和感を覚えてしまいました。 医療である以上、本来の目的は「患者の歯を守ること」だと思います。.

後藤 友亮
7月20日読了時間: 2分


回避されたはずのない未来
最近、あることをずっと考えて行動しています。 この世界は、本当に ただの偶然 だけで動いているのか。 それとも、何か目に見えない流れのようなものがあるのか。 もちろん、証明できる話ではありません。 ただ最近、自分の中で少し意識して試していることがあります。 ある 決まった流れ を意識して行動すると、不思議なくらい小さな良い偶然が重なることがあります。 そして、最近、どう考えても本来なら避けられなかったような大きな出来事が、なぜか回避されたように感じることもありました。 それも、一度ではなく二度。 ただし、そこに欲や執着が強くなると、目に見えて流れが崩れるようにも感じています。 単なる偶然と言われれば、それまでです。 でも、偶然にしては起きた現実がどう考えてもおかしすぎる。 なぜなら、本来なら落とし穴のように避けられなかったはずの大きな悪い流れが、まるで無理やり軌道修正されたように感じたからです。 もしかすると人生には、目に見えない流れがあって、この地球には、ある一定の意識や行動によって、少しずつ進む方向が変わっていく仕組みがあるのかもしれません。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


父の海上散骨を無事に済ませました。
海上散骨の方法や実施については、事前に海上保安庁へ確認・連絡済みです。 当初は自分のプレジャーボートで行う予定でしたが、外海は危険だからと、友人が大きな船を出してくれることになりました。 手伝いの方まで連れてきてくれて、こちらがお礼をしようとしても受け取らず、ただ力を貸してくれました。 お互い昔から何でも本音で話せる友人で、今回もそのありがたさを改めて感じました。 最近新しく知り合ったモンゴル人の方々も含め、99%がそんな方ばかりなので人とのご縁に本当に恵まれていると思います。 友人は数ではなく、深く信頼できる関係が何より大切だと感じた一日でした

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


過去と今、その両方を実際に体験したからこそ、どちらが本当に良かったのかが見えてくるのだと思います。
少なくとも日本は、世界の中でも国民全体がそれを比較的早く体験できた国ではないでしょうか。 豊かさや便利さを誰よりも早く手に入れた一方で、それによって失ったものや、昔の暮らしの良さにも気づけるようになった。 それは、今の便利さしか知らない国には、まだわからない感覚かもしれません。 世の中には、ただ前へ前へと突き進むことを良しとする国民性もあります。 そんな中で、日本人が「昔の暮らしのほうが良かった」と感じられるのは、便利さや物の多さでは埋まらないものがあると、すでに体験として知っているからだと思います。 本当に大切なのは、物質的な豊かさではなく、心の落ち着きや安心感、人とのつながりといった精神的な豊かさ。 日本人は、それをどこかで気づき始めているのではないでしょうか。 しかし、まだそこを体験していない国々は、見栄や嫉妬、競争心に突き動かされながら、これから同じ道を進んでいくのでしょう。 それもまた、人間社会の流れなのだと思います。 だからこそ、昔の暮らしのほうが良かったと感じられる日本は、ある意味では幸せな国なのかもしれません。...

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


私が「何も起きない朝」を、人生で一番の贅沢だと思う理由
子どもの頃、私には「いつか憧れていた車や船を手に入れたい」という夢がありました。 長年働いた結果、その夢は実現しました。 ところが、実際に手に入れてみると、ほとんど乗りませんでした。 最近になって、その理由がようやく分かってきました。 私が本当に求めていたのは、贅沢な暮らしではなく、子どもの頃の夢を一度、自分の力で実現することだったのだと思います。 選択肢がなく始めた経営者 私は19歳で起業しました。 若い頃から経営者を目指していたわけではありません。 人の指示どおりに動くことが苦手で、学校の勉強も得意ではありませんでした。 会社に入り、上司の指示を受けながら働き続けることも、自分には難しい。 だから、人に使われるのではなく、自分で仕事をするしかなかった。 言ってしまえば、仕方なく経営者になったのです。 それから56歳で引退するまで、35年以上にわたって仕事を続けました。 経営者は、会社を離れても経営者です。 売上、人件費、資金繰り、税金、事故、従業員、お客さんへの対応。 家に帰っても、旅行へ行っても、頭のどこかで会社のことを考えていました。..

後藤 友亮
7月20日読了時間: 6分



後藤 友亮
7月20日読了時間: 0分


手を差し伸べてもらっていた経営人生だった2026年4月2日
経営を引退してから、私は日々、自分のしてきたことは、やはり自分に返ってくるのだということを強く感じています。 そんな状況になるきっかけとなった、経営者からの引退は、特に幸せなことだと思っています。 なぜなら今になって、過去に自分に手を差し伸べてくれた人たちが、見えないところでどれほどの手間や気遣い、苦労を重ねてくれていたのかが、心からわかるようになったからです。 わかるようになると、人はようやく本当の意味で感謝できるのかもしれません。 そして、心からの感謝は、言葉以上に相手に伝わるものだとも感じます。 その瞬間、そこには何とも言えない気持ちの良さと、あたたかな循環が生まれます。 今日も、また1人そのありがたさを改めて感じたのは、税理士の先生でした。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


趣味から漁師になった友人が魚を届けてくれたので、初めて刺身に挑戦してみました。2026年3月19日
亡き父は魚をさばくのが好きで、家にはさまざまな包丁が揃っていました。そのおかげもあって、今回こうして挑戦することができたように思います。 こうしたことに向き合えるのも、時間にゆとりができた今だからこそ。 ちなみに、毎日の家事、特に夕食づくりを始めてから、気がつけばもう2年以上になります。

後藤 友亮
7月20日読了時間: 1分


「送別会は仕事?それとも自由参加?今の会社で起きている意外な問題」2026年3月19日
知り合いの会社で、長年勤めてこられた方が退職することになったそうです。 本来ならば、これまでの感謝を込めて送別会を開きたいところです。 しかし実は、その送別会が開けず困っているそうです。 理由は意外なところにありました。 それは 「送別会の時間に賃金が発生するのかどうか」 という問題です。 参加者の中で 「会社の行事なら賃金が出るべき」 という考えと 「懇親会は業務ではない」 という考えがあり、足並みが揃わないのです。 昭和や平成の頃を振り返ると、会社の旅行ですはも社員が自分で積立をして参加するのが一般的でした。 懇親会に賃金が発生するという発想は、考えもつきませんでした。 しかし今は時代が大きく変わりました。 働き方改革や労働基準法の考え方が広まり、 会社に拘束される時間は全て労働時間として扱うべき という意識が強くなっています。 例えば ・現場までの送迎の移動時間 ・会社主催の集まり こうした時間も「拘束時間」として、賃金の対象になるケースが増えています。 昔は 「会社のために、時間外でも何かできるならやりたい」 という雰囲気があり、自然と参

後藤 友亮
7月20日読了時間: 2分


【体力の賞味期限】2026年2月13日
修理した550ℓの冷蔵庫を、阿多古の古民家へ移動するために積み込みました。 今のところは一人で荷台へ何とか持ち上げられましたが、こうしたことが当たり前にできるのも、きっとあと数年だろうなと感じました。 最近とくに実感しているのは、朝のマラソンでの持久力の変化です。 ネット上で調べてみると、筋力よりも先に「持久力」は落ちやすく、30代後半から徐々に低下し、40代以降は何もしなければ年1%ほど落ちていくとも言われています。(朝マラソンでは実感的には70%落ちてる気がする) だからこそ、早めに仕事の第一線から退き、自分の時間を確保できたことは、本当に良かったと思っています。 何より、体力も気力もまだ十分にあるうちに、これまで培ってきたことを趣味として活かせることがありがたい。 趣味の幅が広がり、体を動かすことも、修理や作業も、自分のペースで楽しめる今。 無理をして走り続けるよりも、少し余裕を持って人生を味わえることのほうが、ずっと豊かだと感じています。

後藤 友亮
7月19日読了時間: 1分


学歴も知識もない私が、なぜ今ここにいるのか
「地球は学校である」 この仮説を考えるようになった背景には、私自身の人生があります。 私は昔から、人から教わって覚えることが、とても苦手でした。 小中学校では勉強についていくことができず、テストはほとんど0点。 書ける漢字もごくわずかで、今でもローマ字もよく分かりません。 一時は特殊学級に入ったこともあります。 その後、高校にも進学しましたが、やはり学校という環境になじめず、入学と中退を繰り返しました。 自動車学校すら途中で辞めています。 今振り返ってみると、私は「人から教えてもらい、それを覚える」という一般的な学び方が、昔から本当に苦手だったのだと思います。 学校で学べなかった私は、社会で学ぶことになった 人の意見を聞きながら、組織の中で働くことも得意ではありませんでした。 しかし、生きていくためには仕事をしなければなりません。 そこで19歳から、自分で商売を始めました。 そこから先は、教科書ではなく、実際の出来事から学ぶ人生になりました。 商売を始める。 失敗する。 考える。 別の方法を試す。 うまくいけば続ける。 また問題が起きれば考え直す

後藤 友亮
7月19日読了時間: 5分


「止まれる人」だけが拾える利益がある」2026年1月9日
経営を引退してから実質的に約1年半が経ち、最近もう一つ、はっきりと腑に落ちたことがあります。 それは、「常に情報を拾えるようになり、必要なときにすぐ動ける状態」でいられることの強さです。 振り返ると、これこそが引退して得た一番の収穫だったのかもしれません。 経営していた頃は、日々の判断や責任に追われ、時間も気持ちも常にギリギリでした。 本業を優先するあまり、気づいてはいても「後でやろう」と先送りし、 結果的に、取りにいけば取れたはずのチャンスを何度も逃してきたと思います。 今は違います。 情報を見たその場で噛み砕き、必要ならすぐ判断し、処理する。 この「間を空けない」ことの差は、想像していた以上に大きいと実感しています。 ネット上でもよく言われていますが、 今の時代は「情報が多い」のではなく、「情報の入れ替わりが異常に速い」。 この環境では、能力や経験よりも、 精神的な余裕と時間を持てているかどうかが、結果を大きく分けます。 時間の流れが加速する今だからこそ、 無理に動き続けることより、一度立ち止まり、余白を確保すること。 それが遠回りに見えて、

後藤 友亮
7月19日読了時間: 1分


「遅れて気づいた、大切なこと」
経営者を引退してから、日々「気づき」の連続です。 時間に追われる立場を離れ、あらためて自分の人生を静かに振り返ってみて、ひとつ強く感じたことがあります。 それは、人生の節目ごとに 「過去に本当に必要としていたもの」が、家族から、そして家族以外の人たちからも、無償の好意として与えられてきたという事実です。 それらは、物やお金に限りません。 お金では買えないことや知恵、機会、人との縁、助言、海外での許可や申請に関わる支援など 振り返れば、人生を前に進めるために欠かせなかったものばかりでした。 そして、その一つひとつの無償での好意がきっかけとなり、結果的に より大きく、より必要なものへとつながっていく。 そんな流れのありがたみを今になって気づきました。 しかし正直に言えば、当時の私はそのありがたさをほとんど理解していませんでした。 「してもらって当たり前」「好きでやってるのだろう」「運が良かっただけ」 挙げ句の果てには「おせっかい」だと感じていたことさえあります。 感謝を深く噛みしめることもなく、時間だけが過ぎていったように思います。 周囲から...

後藤 友亮
7月19日読了時間: 2分


14歳で幸運のスイッチが切れた──自分の人生を振り返って感じる『運命』の不思議
若い頃の私は、人生とは自分の努力で切り開いていくものだと思っていました。 何かを手に入れたければ努力する。 失敗したら、もっと努力する。 経営をしていた頃も、基本的にはそう考えていました。 しかし、長く生きて自分の人生を振り返るようになると、それだけでは説明できないことがあまりにも多いと感じるようになりました。 努力してもうまくいかないことがある一方で、自分でも想像していなかった方向から突然道が開くこともある。 欲しいと思っていたものが、何年も経って思いがけない形で手に入ることもありました。 逆に「これが正しい」と頭で考えて無理に進めたことや、人から勧められて選んだ道ほど、なぜかうまくいかないこともありました。 そんな経験を何度も繰り返しているうちに、一つの疑問を持つようになりました。 私たちは、本当にすべてを自分の意思で選んでいるのだろうか。 自分で決めたと思っていることさえ、実はそれまでに出会った人、起きた出来事、置かれた環境などによって導かれた結果なのかもしれません。 人生には無数の選択肢があるように見えます。 しかし実際には、その時その時

後藤 友亮
7月17日読了時間: 3分
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